2011年8月、野田佳彦(民主党)が総理になった。
2012年7月7日、野田佳彦総理は、尖閣諸島の国有化の方針を表明した。
2012年8月19日、反日暴動が起こった。
興梠一郎「中国、目覚めた民衆」(NHK出版新書・2013年)18頁に反日デモの起きた主な場所を地図で示している。北から列挙する。
これは、8月19日に反日デモの行われた場所である。
(1)ハルピン、(2)長春、(3)瀋陽、(4)北京、(5)煙台、
(6)太原、(7)青島、(8)済南、(9)鄭州、(10)蘇州、
(11)上?、(12)杭州、(13)成都、(14)温州、(15)長沙、
(16)貴陽、(17)広州、(18)深?、(19)珠海、(20)香港。
9月15日に反日デモが行われた場所は、次の通り。
陳破空によれば「暴徒を率いて暴れまくっていた」のは、「西安市の胡家廟派出所所長、朱錮。そして彼の後ろについて笑いながら暴力行為を行っていた派出所の隊員たち。私服でメガホンを手に群衆のリーダーよろしく暴徒の一団を率いていた鄭州公安局副局長、楊玉章。滄州市で『QQ』というSNSを使って2000人のデモ参加者を募ったのは交通警察支隊長。蘇州で暴れまくる『デモ隊』の正体も、やはりみな現地の『城管』(武装した官製の自警団)たちであった。彼らは私服に着替えて暴れまくっていたのである。」(「常識ではあり得ない中国の裏側」(ビジネス社・2017年)28頁)。
陳破空は、当時、政法委員会書記だった周永康(胡錦濤政権時代、政治局常務委員、習近平政権の2013年12月、逮捕され、2015年6月に無期懲役)が、政敵(胡錦濤と習近平)を困難に陥れ、党内の権力闘争で優位にたつため、公安組織に密命を出して反日デモを操っていたという(前掲書28頁)。
習近平が、総書記に就任する直前の2012年9月5日、アメリカのクリントン国務長官との会談をキャンセルし、2週間、姿を消した。習近平は、「党大会への準備と尖閣諸島への対応で多忙だった」らしいのである。
石平・陳破空「習近平が中国共産党を殺す時」(ビジネス社・2016年8月)144頁において、陳破空は、2012年9月頃、「胡錦濤と温家宝が習近平と手を組んで、薄熙来、周永康と権力争いをして」いて、「薄熙来と周永康の後ろ盾は江沢民派である。」とした。
三橋貴明は、中国の一連の反日官製暴動を指導していたのは、胡錦涛でなく習近平で、「9月中旬の反日暴動は、胡錦涛政権による一連の対日協調路線(あれでも中国共産党にとっては協調路線なのだ)を否定し、今後の強硬的な反日を推進するための、いわば試金石であったとのことである。」「胡錦涛政権は大々的な反日運動や、日本製品に対する不買には反対だったが、習近平が強引にこれを容認したという。」という説を紹介している(「2013年大転換する世界ー逆襲する日本」(徳間書店・2012年11月30日))。
なお、次の指摘もある。「3年前の反日暴動の際は露骨だった。中国にとり技術が欲しい日本企業は絶対に襲撃されなかった。官製暴動だから、そのあたりはしっかりしている。」(宮崎正弘・大竹慎一・加藤鉱「中国崩壊で日本はどうなる」徳間書店・2015年)138頁。
近藤大介氏は、売り上げに影響のなかった企業を具体的に列挙した。
「2012年秋に、中国全土で反日デモが荒れ狂ったとき、ほとんどの日系企業の売り上げが急降下した。その際、例外的に売り上げが落ちなかったのは、象印の電器炊飯器、ダイキンの空気清浄機、そしてTOTOのウオッシュレットだった。これらは、中国の都市の市民が持て囃す『3種の神器』と呼んでも過言ではない(これにピジョンの哺乳瓶を加えて4種とも言える)。」「中国人の常識は世界の非常識」(ベスト新書・2014年1月20日発行)188頁。
近藤大介「対中戦略ー無益な戦争を回避するために」(講談社・2013年)は、この反日デモは、「現代版文化大革命」であった。江沢民は、「胡錦濤はウラジオストクAPECで野田と密約したのでないか」といったデマも飛ばしたかも知れない。胡錦濤は、日本に甘い、と攻撃した。江沢民は、公安を当時管轄していた常務委員序列9位の周永康を煽り、周永康の公安組織を使って、反日デモを起こさせ、後押し、公安がデモ隊を指導したというのだ。これが、成功し、その勢いで、胡錦濤総書記に「親日派のレッテルを貼り」、江沢民は、張徳江、愈正声、劉雲山、王岐山、張髙麗を政治局常務委員に押し込めた。
胡錦濤が常務委員に推薦した李源潮、劉延東、汪洋は「親日派」として、チャイナ・セブンに入れず、ただ1人、李克強のみとなったという。
わたしは、胡錦涛は、中央軍事委員会主席を早々に譲り、無欲恬淡の人と見ていたが、江沢民とその1派に徹底的にやられたのだ。習近平は、漁夫の利を得、ここでは満足した。
しかし、強くなった江沢民を、今度は、習近平が潰さねばならない。
被害に遭った日本人、日本企業は、中国政治の3派の、とばっちりを食らったのである。
我々は、こういう事実を知って、昔の日本であれば、汪兆銘政権をつくるため影佐禎昭中佐(のち中将、自民党谷垣禎一幹事長の祖父)のように、一方に手を貸す、或いは、双方を撹乱する。現在であれば、親日派は応援する、胡錦涛を応援するというところであるが、軍備のない、核を持たない日本は、それもできない。
われわれは、宮崎正弘、近藤大介、石平、福島香織、遠藤誉、富坂聰、峯村健司、加藤隆則…が発信する情報に注意し、今度、同様のことがあっても、被害が少なくて済むよう用意をするのみである。ジャーナリストが、誰が反日暴動を起こしたか、正確な報道をされること望む。