大家重夫の世情考察

反日暴動反対論文

第2章 反日暴動について - 前編 -

3.2005年(平成17年)(反日)

 中国では、2002年から胡錦濤が総書記だが、2004年まで江沢民が党中央軍事委員会主席を手放さなかった。江沢民の力が強く、胡錦濤は、力を振るえなかった。

 3月、アナン国連事務総長が、日本の安保理事国常任国入りを支持する発言をした。2005年4月2日、四川省の成都市で、日本が国連の安全保障理事会の常任理事国入りに反対する抗議行動があった。成都市内のイトーヨーカ堂1号店の1階窓ガラス数枚が割られた(朝日2005年4月4日、小林史憲28頁)。
広東省深圳市で4月3日、大規模の反日デモがあった。
北京、上海など10数所で激しい反日デモが行われた。

北京

4月9日、北京では、日本企業の入っていた商業ビルが投石され、1階の日本航空、東京三菱UFG銀行が被害に遭った。(松原邦久「チャイナハラスメント」(新潮新書・2015年)100頁)。
北京では、数千人規模の反日集会で、日本製品不買、販売停止、日本の歴史問題への批判、「小泉は謝罪しろ」などシュピレヒコールを上げ、日の丸を破って焼いた(朝日4月9日)。
9日、反日デモは、約1万人で、日本大使館に石や瓶が投げつけられた。「大使館前は重装備の数百人の武装部隊を含む1,000人以上の警察官が警備したが、投石が始まっても制止しなかった。」(朝日4月10日)。

 2005年4月17日、富坂聡は、タクシーで天安門広場、長安街、環状道路を通り華都飯店で下車し、平穏だがタクシーが検問にいくどかぶつかり、これから先は通行禁止と言われている。富坂は、1年前、2004年8月7日、サッカー・アジア決勝戦で、日本が勝った日、タクシーで、華都飯店で降りた日のことを想起する。1年前、華都飯店のすぐ近くで興奮状態の群衆と警官隊がにらみあい対峙し、一触即発の状況であった(「苛立つ中国」(文藝春秋・2006年)描いている。8頁)。

広州

4月10日、広州市では、2万人のデモで、日本料理店の窓ガラスが割られた。アサヒビールは、「新しい歴史教科書をつくる会」に資金提供をしているという誤報を流され、不買運動を起こされた。北京に新工場を建設し、各地への販売を強化したところであった(朝日4月11日)。

上海

4月16日、上海の反日デモが暴徒化した(三橋貴明「中国不要論」(小学館新書・2017年)81頁。
町村外相は、王毅大使を呼び、抗議した。
宮崎正弘「中国瓦解ーこうして中国は自滅する」(阪急コミュニケーションズ・2006年)67頁は、これらの対日暴動が共産党の了承のもとで、組織化して行われた、という。
「中国内部では対日外交をめぐって大きな変化が起きていた。曾慶紅(国家副主席、序列5位、江沢民派)が胡錦濤の遣り方に反対していたのだ。『だからあの反日デモは”火遊び”だった』(香港誌「開放」2005年5月号)」、「第二は、軍の強硬派とハイテク派との対立」「根幹に『上海派』を代弁する江沢民派と胡錦濤派の舞台裏での暗闘、確執がある」として、「軍の強硬派の劉亜州が反日運動に沈黙したのも不気味」「要するに胡錦濤は、軍を完全に掌握していない」という(前掲78頁)。

 2005年の反日暴動では、「被害に遭ったレストランには損害を賠償するからといい、ついに支払いがなかった。日本は静かな抗議を示すために北京の大使館と上海の領事館の施設を破壊されたままとして1年間放置したが、一部例外を除いて(宣伝用)、ついに中国側からの賠償はなかった。」(宮崎正弘「中国大嘘つき国家の犯罪」(文芸社文庫・2014年)56頁)。

 2005年4月の「反日デモ(反日暴動)」について、加藤徹は、次のように批評した。
「反日デモに対する中国政府の対応は、日本人から見ると腹立たしいものの、ある意味で見事だった。政府は頃合いを見計らって、『デモ以外にも愛国心を表現する方法はある』と愛国主義の旗を振りつつ、実際には反日デモを封殺した。民衆のほうも心得たもので、風向きが変わったのを感じとったとたん、ピタリと反日デモをやめた。三千年にわたって貝と羊の両方を使い分けてきた中国人ならではの、阿吽の呼吸である。」(「貝と羊の中国人」(新潮新書・2006年)25頁。


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中国政官データ[2016年5月版]

著者:大家 重夫(Shigeo Ohie)のご紹介

著者:大家 重夫(Shigeo Ohie)の写真

2013年 フランス ランスにて

プロフィール

1934(昭和9)年生まれ
久留米大学名誉教授・国際日本語普及
協会理事
LAIT(IT知財法務研究所)
客員研究員

京都大学法学部卒
1960年文部省(現・文部科学省)
1970年文化庁著作権課長補佐
1988年私立久留米大学法学部教授。
1995年久留米大学法学部長
2005年久留米大学特任教授・名誉教授
2011年日本ユニ著作権センターより
「著作権貢献賞」を受賞

主な著書に

  • 肖像権(1979年・新日本法規)
  • 改訂版ニッポン著作権物語(1999年・青山社)
  • タイプフェイスの法的保護と著作権(2000年・成文堂)
  • 唱歌『コヒノボリ』『チューリップ』と著作権(2004年・全音楽譜出版社)
  • 肖像権 改訂新版(2011年・太田出版)
  • 美術作家の著作権 その現状と展望
    (福王子一彦と共著・2014年・里文出版)
  • ウルトラマンと著作権
    (上松盛明氏と共編・2014年・青山社)
  • インターネット判例要約集(2015年・青山社)

などがある。

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