特別長編 代作とその周辺 ――偽りの著作者名の表示行為について 第6回

2015年5月18日

大家重夫

『久留米大学法学』第59・60合併号 1頁から44頁。平成20(2008)年10月31日 発行

第8章 代作行為とその契約

真実の著作者と出版者、真実の著作者と表示上の著作者、真実の著作者、表示上の著作者及ぴ出版社の聞に交わされる代作行為についての契約は、有効であろうか。それとも、公序良俗に反し、民法90条違反で無効であろうか(注1)。

著作者名詐称について、著作権法121条違反は1年以下の懲役又は100万円以下の罰金を科し、あるいは併科しうるとの規定で、無効とするのも一つの考え方である。

しかし、代作の場合、1、真実の著作者と表示上の著作者との間に合意があり、問題は、2、世人を欺くという公益への侵害行為の評価である。

わたくしは、世人を欺むいていることは否定せず、また反社会的行為であることも肯定するが、公序良俗違反で無効というほど、強度の悪性は認められないと解し、代作の契約は有効と解する(注2)。

ア、「ボーリング速成入門」事件は、著作者Xと出版社Y間の損害賠償請求事件で、裁判が行われている(注3)。

1、原告Xと被告Yは、昭和43年4月25日、訴外A名義で、「ボーリング速成入門(仮題)」を原告Xが著作する。

2、原告は、被告に対し、右著作物について出版権を設定する。 3、被告は、原告に対し、写真、名義料共で金16万円を支払い、原告から右著作物を買取る旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。原告は、本件契約に基づき原告原稿を著作し、昭和43年7月、これを交付した

原告は、ア、原告原稿について出版権設定との条項と被告が原告から原告原稿を買い取るという条項は矛盾し、無効である。イ、仮に原告著作権の譲渡条項が有効に成立したとしても本件契約は解除された。すなわち、原告に対し、写真、名義科共で金16万円を支払い、原告から右原告原稿を買取るというものであるのに、原告が原告原稿を著作し、被告に交付したのに、被告は、昭和43年8月頃、8万円を支払っただけであり、原告は残金を支払うよう催告し、支払わなかったので、本件契約を解除した。著作権侵害であり、153万円の支払いを求めた。

裁判所は、 1、出版権設定は、「出版契約書」の不動文字で、抹消されるべきであったのにそのまま存置されたことを認定し、原告被告問の合意は、原告が被告に出版権を設定するのでなく原稿の買取、すなわち原告原稿の著作権を被告に条件付で譲渡するとの合意であったとして、本件契約は有効とし、 2、印刷に取りかかり、訴外Aからの修正等もあり、その費用約60万円となり、原告の賞任もあり、金8万円は原告負担との相殺契約が成立していること、3、本件契約解除はその原因を欠く無効のものとして原告の請求を棄却した。 イ、昭和14年4月24日、パールバック原作新居格訳『大地』(第一書房)は、実は深沢正策であるとして、争いが生じ、深沢は、新居を著作権侵害で警視庁に告訴した(注4)。

日本読書新聞によると、新居格と深沢正策との間の契約は、1、印税は折半すること、 2、名義は、新居格とすること、で、口約束であった。

昭和10(1935)年9月、『大地』第1部が発売されたが、売れ行きは悪かった。ところが、昭和12年7月、日支事変が起こり、同年11月、MGMの映画『大地』が封切られ、国民の関心が中国に向けられたため、第一書房は、『大地』普及版を発売し、ベストセラーになった。深沢は、真の翻訳者は、自分であるとして名義を変えたいと考えた。なお、翻訳の印税は、第一書房から深沢に渡し、深沢から新居に半分手渡すことになっていた。ところが、普及版以後の印税は、深沢が新居に渡していなかったことが判明し、新居は、深沢を名誉段損で訴える予定と報じられている。しかし、互いに告訴を取り下げたようである(注5)。

第9章 現行著作権法121条の解釈

「著作権法121条 著作者でない者の実名又は周知の変名を著作者名として表示した著作物の複製物(原著作物の著作者でない者の実名又は周知の変名を原著作物の著作者名として表示した二次的著作物の著作者名として表示した二次的著作物の複製物を含む。)を頒布した者は、1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」

この条文は、次のことを意味すると解釈される。

1、既にのべたように、この条文は、1、無断でその氏名称号を使用された者の人格的利益を保護すると共に、2、この表示を信頼する世人の利益、すなわち社会的利益を保護するものであると解する。

ところが、大審院大正2(1913)年6月3日判決が出て、(他人の著作物に自己の氏名称号を著作名義として使用し、又は自己の著作物に他人の氏名称号を著作名義に利用した場合、その関係者の同意あるときは、本条の適用がない)という。100年前のこの判決は誤りではあるまいか。

わたくしは、「表示された著作者」が全くその著作物を執筆せず、また見てもない場合、関係者の合意があっても罰するべきであると考える。

「表示された著作者」の弟子が、実際に執筆し、著作権法15条の条件を満たす場合、「表示された著作権者」が全くその著作物を執筆せず、また見てもない場合、関係者の合意があっても、罰するべきで、ただ情状酌量の余地はあると考える。

大学教授や小説家、漫画家等の弟子が、実際に執筆し、著作権法15条の条件を満たす場合、「表示された著作者」が全くその著作物を執筆せず、また見てもない場合でも、「個人」の名前でなく、「○○工房」とか「○○教室」という名称で、著作権法15条を満たせば、121条違反にはならないと考える。

2、著作者名を偽って表示した著作物の複製物の頒布行為を処罰するものである。

ア、著作者でない者の実名又は周知の変名を著作者名とした場合であるから、架空の名前を附した場合も入る。

イ、著作物の「複製物」を頒布した場合が問題となり、著作物の原作品の頒布行為はかまわない。著名画家の画風を摸倣して、他人が描いて、その絵に画家の偽署名を附して頒布しても、この条文の対象外である。

ただし、行使の目的で、絵図が真正に描かれたという偽署名を行った場合、刑法159条の私文書偽造罪に問われる。

ある絵を描いて、谷文兆、田能村直入の署名を偽造し、偽造印を押して、画賛として「明治40年…山水の絵賛を為し…谷文兆」とした事件は、刑法159条1項私文書偽造に問われている(注6)。

美術品たる書画の箱書きは事実証明に関する文書と認め刑法159条の私文書偽造、美術品たる書画における筆者の印章落款でも、行使の目的をもってこれを偽造した場合、刑法167条1項の印章署名の罪に当たるとする判例がある(注7)。

他人に描かせた書画に、落款として、池田桂仙、堂本印象、橋本関雪、横山大観などの雅号、本名を名義人の筆跡に擬して記入し、書画の容器たる箱に所謂箱書きをし、真印影に紛はしき印影を描写した事件において、(作者の落款を擅に表すときは署名及び印章偽造罪を構成する。)(擅に作者の雅号等を用いて、その容器たる箱に箱書を為して作者名義の内容書面がその者の真筆に相違なき趣旨を表す時は文書偽造罪を構成する)。落款とは、作者の名前と印章を押捺するもので、第三者が擅に之を為せば、署名印章の偽造、雅号は氏名と等しく署名であるから、(擅に雅号又は本名を用いて、箱書きを為すはその書画の真筆に係る事実を証明するに足るへき文書を作成したるものに外ならない。而して第三者の為したる箱書きの鑑定の性質を帯ひ従って、当該書面が何人の筆蹟なるやの事実を証明するに足るへき文書たる性質を具備すること明なれば之を事実証明に関する文書といふを得ベし(注8)。)

ウ、「頒布行為」を処罰する。

頒布とは、有償無無償を問わず、複製物を公衆に譲渡または貸与することをいう(2条19号)。

頒布は、複製物という有体物を公衆(2条1項21号)に譲渡又は貸与することであ

るから、FAXによって、(著作者名詐称の文書)を譲渡することは含まれない。インターネットを通じての「頒布」は、著作権法は認めていない。送信行為は含まない。

3、原著作物の著作者でない者の表示

括弧書きは、著作物の翻訳、編曲、翻案等の二次的著作物の複製物の場合、その著作物の著作者でない者の実名又は周知の変名を原著作物の著作者名として表示した場合も含まれると規定する。外国のある作家の原作を翻訳した場合、より有名な外国作家を原作者として表示する場合をいうのである。

日本では、外国書の翻訳について、翻訳者が誰かによって、売れ行きが違い、有名な翻訳者の名前を表示する場合がある。しかし、この翻訳者については、規定していない。

岩波書店発行のマルクス「資本論」は向坂逸郎訳として翻訳が出されているが、殆ど(昭和22(1947)年9月発行の第1分冊のみ向坂が翻訳し)岡崎次郎が翻訳したと述べているが(注9)、これが真実としても、121条の適用外である。

第10章 むすぴ

以上、代作とその周辺の諸問題について考察した。

わたくしは、この条文に関連して、次の点を明らかにした法改正あるいは判決例が出ることを望みたい。

 1、著作権法121条は、「著作者でない者の実名又は周知の変名を著作者名として表示した著作物の複製物」を「頒布した者」を処罰しているが、そういう表示を行った「行為者」をも処罰するべきではないだろうか。

2、著作者名の詐称について、合意の場合、すなわち大審院大正2年6月3日判決のように、これは合法とするか、それともなお違法とするか。

3、合意の代作を合法とするならば、親告罪でよいのではないか。合意の代作を違法とする立場にたっても、親告罪にしてもよいという立場があると思われ、検討すべきである。合意の代作を違法とし、代作行為、代作契約は公序良俗違反という立場であれば非親告罪でいいと考えるが、厳格に過ぎるのではなかろうか。

4、翻訳者の氏名についての詐称についてその詐称を罰するべきである。

5、職務著作の規定に合致する場合、代作が合法となるが、たとえば「甲野太郎研究室編」「甲野工房著」はいいとしても、「甲野太郎著」という表現では、真に甲野太郎が執筆した場合と門下生が執筆し、甲野太郎が全く関与していない場合と区別が付かない。甲野太郎が門下生の原稿を一瞥した場合と全く見ていない場合は、区別できない。

「甲野太郎」という表示は、職務著作の規定では使えない、とする解釈は採れないだろうか。

6、放送など著作物の無形的利用について著作者名の詐称を罰するべきである。

7、「頒布」という条文では、FAXやインターネットによる送信などの伝播行為が含まれないと思われるが、これらの行為も含まれるとするべきである。

 

(「久留米大学法学」59・60号1頁掲載論文の誤植などを若干、訂正した。2014年3月24日 大家重夫)

脚注

注1
田村善之教授は、「別人を著作者として掲げる契約が締結されたとしても、公序良俗に反し無効となると解される」とされる(『著作権法概説第二版』411頁)。

注2
公序良俗により無効という場合、1、たとえば、ゴーストライターが未払いの報酬請求の訴訟提起した場合、裁判官は、これを知ると直ちに訴えを却下するのか、2、被告側が、公序良俗違反を主張すれば、裁判官が判断し、場合によれば、訴えを却下し、3、(被告が公序良俗違反を主張せず)両者が裁判を求めるならば、裁判所は、裁判を続行するのであろうか。おそらく、2か3であろう。

ゴーストライター契約は、反社会性のある行為だが、反社会性の強い行為ではないと思う。

柳澤眞実子教授は「ゴーストライターに課せられた氏名表示権の不行使特約を有効と考え、氏名表示者が著作者と推定されている状態であったとしても、対外的には氏名表示者が決定権を行使し、また、ゴーストライター自身に母権となる著作者であることの承認を求める権利が残されている」として、有効とされる(『著作権法と民法の現代的課題―半田正夫先生古稀記念論集』2003年・法学書院)122頁。

注3
東京地裁昭和50(1975)年4月16日判決判タ326号322頁。

注4
伊藤信男編『著作権100年史年表』155頁。日本読書新聞昭和14(1939)年5月25日一面。

注5
伊藤信男『著作権事件100話』227頁。

注6
大審院大正2(1913)年3月27日判決刑録19集上423頁著判集2集―1、670頁。

注7
大審院大正14(1925)年10月10日判決刑集4巻599頁、著判集2集―1、705頁。 

注8
大審院昭和14年8月21日判決刑集18巻457頁、著判集2集―1、747頁。

注9
岡崎次郎『マルクスに凭れて六十年―自嘲生涯記』(1983年・青土社)186頁から196頁まで。274頁から300頁。