特別長編 代作とその周辺 ――偽りの著作者名の表示行為について 第2回

2014年5月23日

大家重夫

『久留米大学法学』第59・60合併号 1頁から44頁。平成20(2008)年10月31日 発行

第2章 明治2年出版条例、明治8年出版条例における虚偽表示制裁規定

日本の著作権法制は、昌平開成両学校が所管した明治2(1869)年出版条例(明治2年5月13日行政官達第444号)に始まり、殆ど同文のまま文部省所管の出版条例(明治5年正月13日文部省無号達)に引き継がれるが、この法律は、「図書ヲ出版スル者ハ官ヨリ之ヲ保護シテ専売ノ利ヲ得セシム」とし、ここに「著作権」の萌芽が見られるものの、「妄りに成法を誹議し人罪を誣告することを許さない」出版取締を主とする法律であった。図書を出版する者は、文部省に大意を提出し、文部省の検印を得、これを付しこの免許の年月日を記入することを要するというものであった。

ここでは、「官に告けすして書を出版する」が禁止され、したがって、「官許を受けすして偽って官許の名を冒す者は罰金を出さしむ」(第8条)という偽りの表示をした者が処罰対象になった。

明治8(1875)年、出版条例が内務省へ移管され、「版権」とは、「図書ヲ著作シ又ハ外国の図書ヲ翻訳シテ出版セントスル」その者に「30年間」「与えられる専売の権」をいうと定義され、版権は、願う願わないは自由だが、版権を願う者は、内務省に登録を要するとした。出版図書には、著訳者、版主の住所氏名の記入を必要とした(21条)。

「版権免許ヲ得スシテ免許ノ名ヲ冒す者」(出版条例罰則1条)、無名若しくは、版主の住所を記入しない図書を出版若しくは、発売する者、変名偽名し、若しくは住所を偽って図書を出版し若しくは情を知って発売する者は禁獄10日以上6月以下を科すとした(出版条例罰則4条)。

このように、明治8(1875)年出版条例からは著作者名の詐称も罰せられることになっているが、出版の取締の見地から、出版者(版主)の住所氏名を明示させること、及び官許や版権を与えていないのに、「官許」や「版権登録」など虚偽の表示を行った行為を処罰する意図の規定であった。

第3章 明治20年版権条例、明治26年版権法における虚偽表示制裁規定

版権条例(明治20(1887)年12月28日勅令第77号)は、我が国の「著作権」についての初めての単独法である。

末松謙澄(安政2(1855)年―大正9(1920)年) が立案した。明治8(1875)年出版条例から明治20年まで改正がなかったが、「その間文明の進歩の体面を異にして、以前の法律では時勢に適せない」ので、本員が主として調べて其筋に出して法律になった、と述べている(注1)。末松は、明治23年7月の第1回総選挙に立候補し当選、版権条例を「版権法」にするため、第1回帝国議会から第3回帝国議会まで、3回議員提案したが審議未了。元田肇と共に第4回帝国議会提出し、明治26年に版権法が成立している。本稿に関係する条文など、多くの条文はそのまま(注2)である。

版権とは、「文書図画ヲ出版シテ其利益ヲ専有スルノ権」と定義し、偽版(著作権侵害)とは、「版権所有者ノ承諾ヲ経スシテ其文書図面ヲ翻刻スル」をいうとしていた(1条)。

登録しなければ、保護されない立前であった。

著作者名詐称に関する次の条文がある(句読点、筆者)。

「第21条 世人ヲ欺瞞スル為メ、故(イタズ)ラニ版権所有ノ文書図画ノ題号ヲ冒シ、或ハ摸擬シ、又ハ氏名社号屋号等ノ類似シタルモノヲ湊合シテ、他人ノ版権ヲ妨害スル者ハ、偽版ヲ以テ論ス。」

これは、版権登録されている文書図画の著作者名と類似した氏名社号屋号等を使用して、版権登録されている著作者の版権の機能を弱体化させる者は、偽版(著作権侵害)として取り扱うということである。

「氏名社号屋号等ノ類似シタル者ヲ湊合」して他人ノ版権を妨害するとして、「類似」のものの使用と限定的であるが、著作者名詐称が罰せられている。単に、他人の著作と詐称する場合でないことである。

偽版者、情を知る印刷者販売者は、1月以上1年以下の重禁錮若しくは20円以上300円以下の罰金に処すことになっており、親告罪である(27条)

版権登録していない、版権登録のできない文書図画に関して、次の条文がある。

「第28条 版権ヲ所有セサル文書図画ト雖モ、之ヲ改竄シテ著作者ノ意ヲ害シ、又ハ其表題ヲ改メ、又ハ著作者ノ氏名ヲ隠匿シ、又ハ他人ノ箸作ト詐称シテ翻刻スルヲ得ス。違フ者ハ、2円以上100円以下ノ罰金ニ処ス。但著作者又ハ発行者ノ告訴ヲ待テ其罪ヲ論ス(注3)」

版権のない文書図画についても、著作者の氏名を(削除したりして)隠匿し、他人の著作であるとして、著作者名を変えて、複製することについて、親告罪であるが、2円以上100円未満の罰金に処している。

版権のない文書図画の場合は、著作者名を抹消、削除して隠匿する場合及ぴ、別人の名前を使用した場合、これを罰していることである。世人を欺瞞することを禁止している。世人の利益、社会的利益という観点から見れば、版権があろうが、無かろうが当然の規定である。ただし、罰金額が軽減されている。注意すべきは21条、28条が親告罪であることである。

脚注

注l
 明治24(1891)年12月4日、衆議院議事速記録第5号、「版権法案 第1読会」。

注2
 ア、新聞記事などの転載について、版権条例が(新聞紙又は雑誌で、2号以上に渉り記載した論説記事又は小説)は、2年以内は、その編集者の承賠を得なければ、出版出来ない、とあるのを、版権法は、(新聞紙又は雑誌で、2号以上に渉り記載した論説記事又は小説及び2号以上に渉らずと雖も特に一欄を設け冒頭に禁転載と表示したもの)とした(15条)。イ、美術的著作物としての書画につき、第7条の末尾に「書画の版権は其原本の所有者に属す」と規定した。ウ、所有者の承諾を経ずして書画を出版するものも偽版(著作権侵害)とした (22条)。エ、版権登録を得た文書図画に挿入した写真で、特にその文書図画の為に写したものは、その文書図画とともに版権保護有り(12条)と追加した。

注3
 明治26(1893)年2月14日、版権法案審議の際、小西甚之助議員が、28条の「著作者ノ氏名ヲ隠匿シ又ハ」の下の「他人ノ著作ヲ」の6字を削除したいと提案したが、賛成を得られなかった。他人の著作を詐称するのは、全く、甲の著作であるのを乙の著作と詐称することであり、しからば、「他人の著作」という文字は意味をなきない、文字で、蛇足である、これを取り去り、「著作者ノ氏名ヲ隠匿シ又ハ詐称シテ翻刻スルヲ得ス」としたいというものであった。

次回をお楽しみに