イスラム教徒個人情報インターネット流出事件

2015年10月21日

インターネット上にイスラム教徒の個人情報が流出したことにつき、原告イスラム教徒の個人情報を警察当局が収集・保管・利用したことは憲法20条等に違反しないが、警視庁の情報管理上の注意義務違反があったとされ、しかし警察庁の監査・監督上の責任は否定され、国家賠償法上、モロッコ、イラン、アルジェリア、チュニジアとの間に相互保証があり、被告東京都は、原告1人へ220万円、原告16人へそれぞれ550万円が支払うよう命じた事例である。

東京地裁平成26年1月15日判決(平成23年(ワ)第15750号、第32072号、平成24年(ワ)第3266号、判時2215号30頁)

原告は、いずれもイスラム教徒で、日本国籍4名、チュニジア共和国国籍6名、アルジェリア民主人民共和国国籍3名、コロッコ人王国国籍3名、イラン・イスラム共和国国籍1名である。

平成22年10月28日頃、インターネット上に、114点のデータがファイル交換ソフト・ウイニーを通じて、掲出された。このデータは、同年11月25日時点で、20を超える国と地域の1万台以上のパソコンにダウンロードされた。データには、履歴書のような書面、モスクへの出入り状況、イスラム教徒との交友関係などがある。

原告等は、

  1. 警視庁、警察庁、国家公安員会は、モスクの監視など憲法上の人権を侵害し、個人情報を収集・保管・利用し、
  2. 個人情報を情報管理上の注意義務違反で、インターネット上に流出し、適切な損害拡大防止措置を執らなかったことは、国家賠償法上違法である

と主張し、東京都(警視庁)、国(警察庁、国家公安員会)に対し、国家賠償法1条1項等に基づき、連帯してそれぞれ1100万円及び遅延損害金の支払いを求めた。

[東京地裁]
民事第41部の始関正光裁判長は、次のように判断した。

  1. 平成22年流出のデータは、警察が作成したもので、警視庁公安部外事第3課が保有していた。警察の情報収集活動は、国際テロ防止のために必要やむを得ないもので憲法20条(信教の自由・国の宗教活動の禁止)、これを受けた宗教法人法84条に違反するものでない。憲法13条(個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重)でない。
  2. 本件データは、4警察職員(おそらくは警視庁職員)によって外部記録媒体を用いて持ち出された。警視総監には情報管理上の注意義務を怠った過失がある。国家賠償法上の違法性があり、被告東京都に原告が被った損害賠償責任がある。
    警察庁は流出事件の責任はなく、被告国にもない。
  3. 本件で流出した原告の個人情報の種類・性質・内容、当該個人情報が、インターネットによって、広汎に伝播したことを考えると、原告等が受けたプライバシー侵害、名誉権侵害は大きく、原告16人へ、慰謝料各500万円(弁護士費用各50万円)、原告1名には、200万円(テロリストであるような表記をされた原告の妻として氏名、生年月日、住所のみが流出)(弁護士費用20万円)を東京都に命じた。
  4. 原告モロッコ、イラン、アルジェリア、チュニジア間に国家賠償法6条(この法律は、外国人が被害者である場合には、相互の保証がある限り、これを適用する。)があると認められ、東京都から損害賠償を受けることができる。
この事件、控訴されているが、控訴審判決を入手していないので、1審のみ掲載する。イスラム過激派による国際テロがあり、警察当局の取締、犯罪の予防、公共の安全、秩序維持をわれわれは期待している。ただ、そのため、個人の自由を必要以上に縛り、侵害しないよう願いたい。アメリカ合衆国では、外国情報監視法裁判所(United States Foreign Intelligence Surveillance Court)は、2013年4月25日、大手のプロバイダベライゾンに対し、顧客の電話記録(電話メタデータ)を90日間、NSA(国家安全保障局)へ提出せよ、と命じている(ルーク・ハーデイング「スノーデンファイル」(日経BP社・2014年)122頁。

[参考文献]
ルーク・ハーデイング著、三木俊哉訳「スノーデンファイル」日経BP社・2014年。
グレン・グリーンウオルド著、田口俊樹・濱野大道・武藤陽生訳「暴露」新潮社・2014年。
上杉隆「ウイキリークス以後の日本」光文社新書・2011年。
柏原竜一「中国の情報機関」祥伝社新書・2013年。