中村うさぎ「狂人失格」事件

2015年10月29日

ネットで知合った女性をモデルにして、小説「狂人失格」を出版した作家中村うさぎが名誉毀損、プライバシー権侵害で訴えられ、100万円の損害賠償が命ぜられた事例である。

大阪地裁堺支部平成25年5月30日判決(平成23年(ワ)第1731号)

作家Y(中村うさぎ)は、ネットで、原告Xと知合い、その後、面談し、共著の本を出そうかという話もあったが、その計画は中止になった。
Yは、A出版社のPR誌に連載ののち、平成22年2月、A出版社から小説「狂人失格」を5000部発行した。この小説は、女性作家が、一人の有名になりたい女性と知合い、その女性との交流を通して、その女性の中に、自己顕示欲や作家自身の姿があることを剔抉し、哲学的自問自答を描いた作品である。
Xは、当初は、この小説の出版に異議を唱えず、かえって、A出版社に自らの著作の出版や、著名人のとの対談企画を提案したり、みずから自己が管理するウエブサイトに、Yの「狂人失格」のモデルは、自分であるとの宣伝活動をした。

平成23年、Xは、本件小説により、名誉を毀損され、プライバシー権を侵害されたとして、1000万円の損害賠償を請求した。
大阪地裁堺支部中村哲裁判長は、プライバシー権侵害、名誉毀損を認め、原告の被った精神的苦痛を金銭的に評価し、100万円の損害賠償の支払いを命じた。

この判例は、インターネットに直接関係していないともいえるが、インターネットによって、原告と被告は、知り合いになり、原告は、自分のホームページで、被告小説のモデルは自分である、と告白し、むしろ宣伝し、インターネットが重要な役割を果たしている。原告は、一旦は、モデルを承諾していること、対談や共著の話が実現しなかったこと、原告は(有名になるなら)自己のプライバシーや名誉を犠牲にしてもかまわない、と思われること、原告被告は、同じ作家という「部分社会」に住む人間であること、以上の理由で、私は、請求棄却ないし、原告から被告へ、5万円の損害賠償金の支払いでいいと考える。

[参考文献]
大家重夫「中村うさぎ『狂人失格』事件を読む」マーチャンダイジングライツレポート2013年7月号52頁