発明の名称を「モータ」とする日本国特許権をもつ日本企業は、被告の韓国企業がその侵害をした物件の譲渡の申出をしているとし、その差止請求及び損害賠償請求を行ったが、被告企業は、そのウエブサイトで被告物件の譲渡の申出をしたと認められず、日本に国際裁判管轄がないとして、1審では、訴えが却下されたが、2審で原判決が取り消され、大阪地裁に差し戻された事例である。
原告X(日本電産株式会社)は、「モータ」という名称の特許権を有している。
被告Y(三星株式会社)は、サムスングループに所属する韓国法人で、日本に主たる事務所又は営業所を持たない(2008年当時、売上高4兆2845億ウオン、従業員24000名)。
Xは、被告Y(三星電機株式会社)のY物件は、X発明の技術的的範囲に属するもの、即ち特許権を侵害しているとし、
- Yは、特許法100条1項に基づく被告物件の譲渡の申出の差止め、および
- 不法行為に基づく損害賠償金300万円及び遅延損害金の支払を求めて、訴えた。
すなわち、Xは、Yが日本国内で閲覧可能なウエブサイトで、被告Y物件を紹介するとともに、被告物件の販売の申出を行っている、と主張した。
Yは、日本に於けるY物件の譲渡の申出又はそのおそれにつき証明がされていない、とし、日本に国際裁判管轄がないと主張した。
[大阪地裁]
民事21部田中俊次裁判長は、次のように判断した。
- 国際裁判管轄の判断基準について。
日本の裁判所に提起された訴訟の被告が、外国に本店を有する外国法人の場合、当該法人が進んで服する場合のほかは、日本の裁判権が及ばないのが原則である。例外として、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理にしたがって日本の国際裁判管轄を肯定しうる。(最高裁昭和56年10月16日判決)。
そして、日本の民訴法の裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは、原則として被告を日本国の裁判籍に服させるのが相当だが、日本で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速の理念を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、日本の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁平成9年11月11日判決)。
- 民訴法5条9号の不法行為地の裁判籍の規定に依拠して、日本の国際裁判管轄を肯定するためには、原則として、Yが日本においてした行為によりXの法益について損害が生じたことの客観的事情が証明されることを要し、かつそれで足りる(最高裁平成13年6月8日判決(ウルトラマン事件判決))。日本において損害が発生したことが証明されるのみでは足りず、不法行為の基礎となる客観的事実としてXが主張する事実、すなわち、本件においては、日本国特許権である本件特許権の侵害事実としての、日本におけるY物件の譲渡の申出の事実が証明される必要がある。
- Yのウエブサイトの表示、営業部長の陳述書、日本語で「経営顧問」と標記されたYの経営顧問の名刺、送達の経緯等を考慮しても、Yが日本において、Y物件の譲渡の申出を行った事実を認めることはできない。不法行為に基づく日本の国際裁判管轄を否定した。
- 特許権侵害差止請求の国際裁判管轄について、日本における譲渡の申出の事実が証明されなくても、そのおそれを具体的に基礎づける事実(抽象的なおそれでは足りず、具体的であること)が証明された場合、条理により、日本の国際裁判管轄を肯定する余地もあるが、本件では、Y物件の譲渡の申出をする具体的なおそれがあると推認することはできないとし、特許権侵害の差止請求についても日本の国際裁判管轄を否定し、
[判決主文]
- 本件訴えを却下する。
- 訴訟費用は原告の負担とする。
1審原告日本電産株式会社が控訴した。
[知財高裁]
第2部中野哲弘裁判長は、「主文 1,原判決を取り消す。2,本件を大阪 地裁に差し戻す。」と判決した。理由は、以下の通り。
- 「特許権に基づく差止請求は」「民訴法5条9号にいう『不法行為に関する訴え』に含まれる」(最高裁平成16年4月8日判決)。不法行為地は、加害行為地と結果発生地の双方が含まれる。「Yによる『譲渡の申出行為』について、申出の発信行為又はその受領という結果の発生が客観的事実関係として日本国内においてなされたか否かにより、日本の国際裁判管轄の有無が決せられる」とした。
- 「Yが、英語表記のウエブサイトを開設し、製品として被告物件の1つを掲載」「『Sales Inquiry』(販売問合せ)として『Japan』(日本)を掲げ、『Sales Headquarter』(販売本部)として、日本の拠点(東京都港区)の住所、電話、Fax番号が記載されていること、日本語表記のウエブサイトにおいても、『Slim ODD Motor』を紹介するウエブページが存在し、同ページの『購買に関するお問合わせ』の項目を選択すると、『Slim ODD Motor』の販売に係る問合せフォームを作成することが可能であること…(以下省略)」「などを総合的に評価すれば、Xが不法行為と主張する被告物件の譲渡の申出行為について、Yによる申出の発信行為又はその受領という結果が、我が国において生じたものと認めるのが相当である。」「我が国における当該サイトの閲覧者は、英語表記のウエブサイトにより、少なくとも被告物件の1つについての製品の仕様内容を認識し、日本所在の販売本部の住所等を知りうるだけでなく、日本語表記のウエブサイトにおいても、『Slim ODD Motor』の製品紹介を見て、『購買に関するお問合わせ』の項目を選択し、『Slim ODD Motor』の販売に係る問合せフォームを作成することが可能なのであるから、これらのウエブサイトの開設自体がYによる『譲渡の申出行為』と解する余地がある。」
[参考文献]
1審判決につき、道垣内正人・Law &Technology 50号80頁(2011年1月)。2審判決につき、横溝大「特許権被疑侵害製品のウエブサイトへの掲載と国際裁判管轄」ジュリスト1417号(2011年3月1日号)172頁。
特許法2条3項の「譲渡の申出」は、平成6年改正で追加された。「申出」には、発明に係る物を譲渡のために展示する行為は含まれる。1審で、原告は、インターネット上で、「譲渡の申出」があったと主張したが、認められなかった。2審は、ウエブサイトの態様等を理由に不法行為地に基づく、日本の国際裁判管轄を認め、大阪地裁に差し戻した。
最高裁平成13年6月8日判決(ウルトラマン事件判決)については、上松盛明・大家重夫「ウルトラマンと著作権」(青山社・2015年2月)に判決文が掲載されている。