日経クイック情報事件

2015年12月24日

会社が従業員のパソコン等を調査し、入手した個人データを返却せず、多数人に閲覧させた等を理由として、従業員がプライバシー侵害等で会社を訴えたが請求棄却となった事例である。

東京地裁平成14年2月26日判決(平成12年(ワ)第11282号、労判825号50頁。)
  1. 原告Xは被告Y1に平成9年10月から平成12年3月1日まで雇用されていた。
    被告Y1は、経済情報及び関連情報をコンピュータ処理し、販売を業とする会社。
    被告Y2は、Y1の管理部部長。被告Y3は、Y1の経営企画グループ部長。被告Y4は、同グループ員で社内システム委員会の委員。被告Y5は、Y1の取締役営業第一部長であった者。
    Xは、平成10年頃からY1の営業第一部に勤務し、社内システム委員会の委員であった。
    平成11年12月上旬頃、営業第2部の訴外AからY1のシステム委員会委員の訴外Bに、平成11年6月頃から、日経新聞社電子メデイア局管理部長の訴外Cの名前でAを誹謗中傷する電子メールが複数回送られ迷惑であるという苦情があった。内容は、Aと営業部所属の契約社員訴外Dが接近することを阻止する目的でAを非難するものであった(以下、誹謗中傷メールという)。
  2. Y1が調査したところ、誹謗中傷メールが、Y1の営業部が共有する端末からフリーメールアドレスを使ってAに送信されたこと、同時に共有端末を使用してフリーメールアドレスからXの社内アドレスへ6通の電子メール、Xの個人の電子メールアドレスへ2通の電子メールが送信され、Xの机上の端末を使用して、Xの社内アドレスからフリーメールサーバーに1通の電子メールが送信されていた。
  3. Y1は、平成11年12月17日、Xへ第1回事情聴取を実施した。Xは、誹謗中傷メールの発信者であることを否定した。しかし、調査過程でXの「個人使用」の領域からXの私用メールが多数発見された。Y1は、その一部を印刷、Y1の社長、Y2、Bが閲覧した。
    平成12年1月13日、第2回事情聴取が行われ、Xは、誹謗中傷メールの発信者であることを否定した。翌日1月14日、Xは、退職日を3月1日とする退職願をY5へ提出した。同日、Y1は、経営会議を開催し、Xに対し、私用メールが就業規則に該当するとして譴責処分を決定し、1月17日、Xに伝達し、Y1社員告知板に告知した。Y1は、Y2を通じて1月20日、同月21日から出社停止、同月31日付けで退職するようXへ申し入れたが、Xが抗議し、Xは、3月1日退職した。
  4. Xは、
    1. Y2、Y3、Y5による第1回事情聴取が名誉毀損等に当たる
    2. Y2、Y3、Y4、Y5によるX使用のパソコン等の調査、その際入手のXの個人データをその後も返還せず、印刷物にし、閲覧し、多数の者に閲覧させたことは、Xの個人情報に対する所有権及びプライバシーの侵害に当たる
    3. Y2、Y3、Y4、Y5による第2回事情聴取がXの名誉毀損等に当たる
    4. Y2、Y5が、Xの退職日を1月31日に繰り上げること及び出社停止を求めたことは、強要、脅迫である

    として、Y2、Y3、Y4、Y5に対して、民法709条、719条、Y1に対して、民法715条1項、719条に基づいて慰藉料500万円及び弁護士費用50万円の支払いと前記データの交付と削除及び印刷物の交付を請求した。

[民事第11部]
多見谷寿郎裁判官は、「原告の本訴請求は理由がない」として、主文「1、原告の請求をいずれも棄却する。2,訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を下した。

多見谷寿郎裁判官は、次のように判断した。

  1. 企業が行う調査及び命令は、企業の円滑な運営上必要かつ合理的なものであること、方法、態様が労働者の人格や自由に対する行過ぎた支配や拘束ではないことを要する。
  2. 社内における誹謗中傷メールの送信という企業秩序違反事件の調査を目的とし、その送信者と疑われる合理的理由がある以上、原告に対して事情聴取を行う必要性と合理性が認められる。
  3. 2回にわたる事情聴取は、社会的に許容しうる限界を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為ではない。
  4. 原告のメールファイルの点検は、行う必要のあるものであったし、その内容は業務に必要な情報を保存する目的で会社が所有し管理するファイルサーバー上のデータ調査であることから、社会的に許容しうる限界を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為とはいえない。
  5. 処分を相当とする事案に関して、必要な範囲で関係者がその対象となる行為の内容を知ることは当然で、私用メールであっても違法な行為でない。
  6. 処分事案に関する調査記録を、削除しないとしても違法でなく、原告が具体的に必要とする事情が認められない以上、返還義務はない。
  7. 会社は、退職の日付けを早めようとしたが、社会的に許容しうる限界を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為とはいえない。
  8. 私用メールは、送信者が文書を考え作成し送信することにより、その間、職務専念義務に違反し、私用で会社の施設を使用する企業秩序違反行為になるだけでなく、私用メールを読ませることにより受信者の就労を阻害し、受信者からの返信メールの求めに応じてメール作成、送信すれば、そのことにより受信者に職務専念義務違反と私用企業施設使用の企業秩序違反を行わせることになる

とした。

この判決には、異論もあると思われる。

[参考文献]砂押以久子・労働判例827号29頁。