外資企業私用メール事件
2015年12月25日
外資系企業の従業員の私用メール、セクハラ、パワハラの紛争事件である。
東京地裁平成13年12月3日判決(平成12年(ワ)第12081号、第16791号(反訴請求)、労判826号76頁、労経速報1814号3頁)
- 原告(反訴被告)X1は、甲野A子で、平成9年10月からF株式会社Z事業部に勤務している。事件当時、Z事業部営業部長Dの直属アシスタントである。
原告(反訴被告)X2は、甲野B夫で、X1の夫である。
被告(反訴原告)Yは、乙川C男で、他社を退職後、平成11年4月、F株式会社に入社し、5月取締役に就任、平成12年11月までZ事業部の事業部長である。
- Yは、平成12年2月中旬、X1へ、「仕事や上司の話など聞きたい」といって、飲食の誘いの電子メールを送っていた。平成12年3月1日、X1は、この勧誘のメールを快よく思わず、むしろ反感をいだき、Yを批判する内容のメール「(Yは)細かい上に女性同士の人間関係にまで口を出す」といったメールを夫であるX2へ、送信するつもりで、操作を誤り、Yあてに、送ってしまった。Yは、これを読み、X1及び訴外のX1の友人Eの電子メールを監視しはじめた。F社では、電子メールアドレスが公開され、パスワードも各自の氏名で構成されてたから、Yは、監視でき、Yをセクシュアルハラスメント行為で告発しようとするX1らの動きを知った。同年3月6日、X1がパスワードを変更したため、Yは、F社のIT部にX1及びE宛ての電子メールをY宛てに自動送信するよう依頼し、その後、この方法で監視した。
- 同年3月2日までに、夫であるX2は、YがX1にホテルへの誘いかけをしたこと、宴会の場で、抱きつき行為をしたこと、頻繁な飲食の誘いかけをしたこと等の行為を指摘し、Yをセクシュアル・ハラスメント行為で告発することも辞さないという警告の電子メール(以下、警告メール)を作成し、X1へ送信した。この動きを知ったYは、飲食の誘いは、個人的な付き合いを意図したものではなかったこと、誤送信メールはなかったことにするという内容の電子メールをX1へ送信し、口頭でも同様のことをX1へ述べた。
- 同月7日、X2は、Yへ、X1、X2の代理人を明示した警告メールを送信した。同月9日、Yは、X1の直属上司Dを呼び出し、警告メール作成に協力したのでないかと詰問し、Dは否定した。Dは、このことをX1、X2へ知らせた。Yは、これらの状況をX1の電子メール監視で把握した。
- 同月22日、Yは、X1を多摩川工場の事務要員に配置転換することを検討中であるとDへ伝えた。Dから知らされたX1は、代理人へ連絡を取って欲しいと、X2へ電子メールで伝えた。Yは、X1の電子メールを監視していたからこれを知り、未決定の人事を直接本人に伝えたDに不信感をもった。
- 同年4月7日、X1X2らの代理人は、Yへセクシャル・ハラスメント行為を行っているとして、書面で回答を求める趣旨の内容証明郵便を出した。X1への配置転換はなかった。同年5月、Dは、Z事業部アジア総括責任者Fへ以上の状況を伝えたが、Fは、Yを支持し、のち(同年12月27日)、Dは、営業部長から降格処分を受けた。
- 同年6月14日、X1がYからセクシャル・ハラスメント行為を受けたことYがX1の私的な電子メールをX1らの許可なしに閲覧したことを理由として、不法行為に基づく損害賠償を求めて訴えた。
Yは、反訴を起こし、X1らがセクシャル・ハラスメントを捏造し、会社内外の者へ送信したことに対し、名誉毀損に基づき損害賠償を求めた。
[東京地裁判決]
民事40部綱島公彦裁判官は、次のように述べて、原告の請求を棄却した。
- 社内ネットワークシステムを用いた私的電子メールの送受信につき、日常の社会生活を営む上で、通常必要な外部との連絡の着信先として用いること、更に、職務遂行の妨げとならず、会社の経済負担もきわめて軽微なものである場合には、外部からの連絡に適宜即応するために必要かつ合理的な限度の範囲内において、発信に用いることも社会通念上許容されていると解すべきである。
- 従業員が社内ネットワークシステムを用いて電子メールを私的に使用する場合に期待し得るプライバシーの保護の範囲は、通常の電話装置の場合よりも相当程度低減されることを甘受すべきであり、監視の目的、手段およびその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較衡量のうえ、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限りプライバシー権の侵害となると解するのが相当であるとされた。
- 原告X1が、社内ネットワークシステムを用いて、被告Yのセクシャル・ハラスメント行為等について、送受信を行なった被告X2らとの私的な電子メールをX1らの許可なしに閲覧したことを理由として、被告Yが閲読したことを理由とする損害賠償請求につき、原告らの電子メールは私的使用の程度は限度を超えており、被告Yによる監視という事態を招いた原告X1の責任、監視された電子メールの内容、事実経過を総合すると、被告Yの監視行為は、社会通念上相当な範囲を逸脱していない、原告らが法的保護(損害賠償)に値する重大なプライバシー侵害を受けたとはいえないとし、請求を棄却した。
- 被告Yによる、X1らがセクシャル・ハラスメントの事実を捏造し、会社内外の者へ送信したことに対し、名誉毀損による損害賠償を求めた反訴について、これを棄却した。
[参考文献]
押以久子「従業員の電子メール私的利用をめぐる法的問題」(労働判例827号29頁。真嶋理恵子「東京地裁、使用者による従業員のEメールの無断モニタリングとプライバシー侵害につき、使用者側に軍配(平成12年(ワ)第12081号)」NBL734号6頁。荒木尚志・別冊ジュリスト179号「メイデイア判例百選」238頁(2005年)。
永野仁美・ジュリスト1243号153頁(2003年4月15日)。小畑史子・労働判例百選〈第7版〉(別冊ジュリスト165号)46頁。藤内和公・法律時報75巻5号100頁(2003年)。