ヨーロッパ難民事情と日本(前編)

2016年4月29日

2016年4月5日、大家 重夫

はじめに

 4年半に及ぶシリアの内戦で、シリア人が、その人口の約5分の1に相当する400万人が、移民、難民となって、国外脱出している(注1)。アフガニスタン、パキスタンから、北アフリカのモロッコ、アルジェリア、チュジニアからも移民、難民がEU加盟国に流入している。2015年12月31日、ドイツ・ケルン市で、婦女暴行事件を起きたが、加害者の多くは、北アフリカ難民であったらしい。
 大きな流れは、1)、トルコからギリシャ、マケドニア、セルビア、ハンガリーなどを経て、ドイツへ到達する「バルカン」の道である。シリア難民が多い。
 2)、もう一つは、北アフリカのリビアから地中海を渡りイタリアなどに到達する「地中海」の道である。密航船の転覆事故で、2015年、死者行方不明者3000人以上という。あのカダフィイ大佐のリビアからの難民が多いらしい。
 シリアでは、アサド政府軍、反アサド政権の武装組織、ISの三つ巴の戦いで、国民は、国内に留まっていても、殺される事態になった。そこで、流出が始まった。

「シェンゲン協定」

ヨーロッパには、「シェンゲン協定」がある。
EU加盟の全部の国が加入していないが、「シェンゲン協定」(注2)に入っている国が26国ある。この協定国の間では、国境検査なしで、国境を越えることができる。英国、デンマーク、アイルランドは、シェンゲン協定に入っていない。ノルウエー領のスヴァールヴァル諸島も除外されている。スイスは、EU加盟国でないが、シェンゲン協定国である(2016年3月4日日経によれば、移民の受け入れを制限するための法案を議会に提出した。2014年2月決定に従うものであるが、シェンゲン協定を一方的に破棄することになる。)。
英国には、欧州諸国で一般的なIDカードがなく、身分証明所持が徹底していない。非合法の労働市場が大きく、英語を喋れれる難民が多いから、ドイツの次に難民に人気がある。
 EUの執行機関、欧州委員会は、シェンゲン協定の見直しを提案した。すなわち、域外との国境を通過する全のEU市民にも、治安上の問題がないかをEU共通のデーターベースで検査できるようにする、というものである。現行協定は、「移動の自由」を損ねるとして認めていない。また、欧州国境・沿岸警備隊が、自らの判断で、EU対外国境管理に介入し、必要ならば、加盟国の同意なしの出動、すぐ派遣できる人員、物資の確保を行えるように提案した(2015年12月16日日経)。

「ダブリン規則」

「ダブリン規則」(注3)という規則がある。これは、「最初に到着した国が難民かどうかを審査する。管理する」というもので、その国が難民審査をして、大体、受け入れる、という条約(規則)である。
難民として、ヨーロッパの国、あるいは、EU加盟国に、最初に「入国」した者は、これらのルールによって、希望する国に入国でき、あるいは入国を拒否される。

×

シェンゲン協定は、「欧州統合の大きな果実」である。シェンゲン協定は、「治安などに深刻な脅威がある場合」原則6カ月まで、審査を一時的に復活できる規定があり、2015年9月、これを復活させた。2016年3月、期限が来る。欧州委員会は、2016年1月25日の会合で、国境審査を最長2年まで継続できる準備に入る。EUで難民政策を担当するアブラプロス欧州委員は、アムステルダムで開催された非公式内相会合後に、難民移民の流入に危機感を表明した。シェンゲン協定の「形骸化」「空洞化」が始まっている。

注1
このうち、ヨーロッパで難民認定を申請しているのは、27万人という。D・アトキンソン「日本は難民にあまりに無防備」WiLL2016年3月214頁。日経2016年3月5日によれば、EU(欧州連合)統計局は、2015年にEU内で初めて保護申請を行った難民の数は、125万5640人と発表した。前年に比べ123%増。ドイツでの申請者が156%増の44万1800人で域内最多で、全体の35.2%を占める。ここにいう「保護申請」は、難民条約に基づく「難民申請」と思われる。

注2
EU加盟国国民と第3国国民を対象として、域内国境でのパスポート・チェックの廃止等を定めたシェンゲン条約(1985年署名)及びシェンゲン実施協定(1990年署名、1995年発効)をいう。EU の枠外で締結されたが、その後、EUの取り極めに吸収された。庄司克宏「欧州連合ー統治の論理とゆくえ」(岩波新書・2007年)160頁。

注3
難民条約にいう難民とは、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために」国籍国の外にいる者であって、国籍国の保護を受けることができないか、またはそれを望まない者をいう。難民は、難民条約締結国の領域において、申請を行えば、当該締約国は、難民を危険な国に送還してはならないという「ノン・ルフールマン(non-refoulement)原則の適用を受ける。これを受けて、EUでは、「欧州共通難民被護世制度」(the Common European Asylum System)(CEAS)が確立されている。このCEASは、まず、1)難民被護申請の審査に責任を負う加盟国を決定する手続きを定めた「ダブリン規則」、2)庇護申請者を受け入れるための下限基準を設定する「難民受入指令」などからなる(庄司克宏「欧州連合ー統治の論理とゆくえ」(岩波新書・2007年)164頁)。

最近の状況

▽2015年

【1月7日】
フランス、パリの「シャルリー・エブド」本社で、覆面の武装犯人により、5人の漫画家(80歳のジョルジュ・ヴォランスキーを含む)、編集長、コラム執筆者、警官ら12人が殺害された(小野耕世・文藝春秋2015年4月号82頁)。
9日、パリ出身のアルジェリア系フランス人の34歳と32歳の兄弟が犯人で射殺された。イスラム教を風刺するイラストを掲載したこと、フランスがアメリカに続き、シリアのイスラム国へ空爆したことに対する報復という。
のち、11月13日、パリで、多発テロが起きる。

【5月27日】
EU欧州委員会は、アフリカから地中海を経て欧州入りする難民、不法移民、当時、計4万人を加盟国が受け入れる、その分担案を提案した。
4万人は、2014年、イタリアとギリシャに入国した不法移民、難民の約4割。
ドイツ約22%(8763人)、フランス約17%(6752人)…。
受け入れた国は、1人当たり6000ユーロ(1ユーロ130円とすれば、78万円)をEUから受け取ることになる。

【8月】
メルケル・ドイツ首相は、「ダブリン規則」(最初に到着した国が難民かどうかを審査する)を曲げて、他国経由でも入国と難民審査を認める、決断をした。

【9月3日】
トルコの海岸で溺死しているシリア出身のアイラン君(3歳)の写真が報道された。この写真の威力によって、EU諸国や世界のいくつかの国(日本は除く)が、「人権」の名の下に、難民受入を行うようになった。

【9月7日】
日経夕刊によると、オーストラリアは、「数百人規模」のシリア難民受入を発表した。2014年7月から15年6月の会計年度に4500人のシリア、イラク難民を受け入れた。アボット首相は4年で、1万8750人にする方針。
ニュージランドのキー首相は、全体の難民受入枠を年、750人から倍増するよう求めた野党に対し、数百人規模にとどめる方針。

【9月10日】
米、オバマ大統領は、シリアからの難民を少なくとも1万人、1年間で受け入れる、とした。人道支援として40億ドル(約4800億円)提供する。日経9月11日。

【9月26日】
日経にドイル・米コロンビア大教授が、シリア難民に関して、欧州だけでなく400万人もの難民がレバノン、ヨルダン、トルコにいる。世界全体で責任を分担すべきだ。全世界で分担するなら日本は、6000人受け入れることになる。現在、難民1人当たり受け入れ費用は、年間3500ドル(約42万円)、これを各国の負担で2倍に拡充し、難民が教育や医療を受けられるようにすべきだ。安保理改革で日本、ドイツ、インド、ブラジルなどに10年の任期を与えるべきだ、と述べている。

【10月16日】
クロアチアのオストイッチ内相・副首相は、1月弱で、17万人以上が入国したと発表した。クロアチアは、2013年EUに加盟、シェンゲン協定に入っていないが、加わる意向。クロアチアは難民受入に積極的だが、難民の大半は、ドイツなどを目指す。ハンガリーは、シリア人のEU入りを閉め出したく、難民を通過させるクロアチアが、シェンゲン協定に参加することに反対している。日経2015年16日ザグレブ=原克彦記者。

【10月17日】
トルコは、200万人のシリア難民を受け入れている。
EUは、トルコに対し、

  1. 資金援助
  2. EU域内への旅行のビザ免除
  3. EU加盟交渉の早期再開

を約束した。トルコは、EUの援助で、難民受入施設新設、難民の就労容認、国境管理や不法移民の本国への送還の強化をする。
トルコは、EUへ10億ユーロから30億ユーロへの大幅積み上げを求めている。以上、日経2015年10月17日。

【11月13日】
パリで、同時多発的に、イスラム国の戦闘員による銃撃、自爆攻撃が行われた。サッカー親善試合の行われている競技場、その直後、パリ10区のレストランで24人死亡、11区の2箇所のカフェ、バー、バタクラン劇場で、89人を銃乱射で89人殺害、合計、130人が死亡し、300人以上が負傷した。のち犯人のうちに、ヨーロッパからシリアにいき、難民として戻ってきた者がいたと報ぜられる。

【12月3日】
日経によると、EUが加盟国による難民受入分担について、スロバキア政府は、強制的な割当制度は、機能しないとして、EU司法裁判所に決定の無効を求める訴えを起こした。ハンガリーも同様の訴訟提起の予定。

【12月8日】
ドイツ南部バイエルン州は、8日、シリアなどからの2015年中にドイツに流入した難民、移民が100万人に達した、と発表した。日経12月9日夕刊。

【12月15日】
EUの執行機関である欧州委員会は、「欧州国境・沿岸警備隊」の創設を欧州議会や加盟国に提案した。
「シェンゲン協定」の1部見直しを提案した。域外との国境を通過する全てのEU市民にも治安上の問題がないか、EU共通のデーターベースで検査できるようにする案である。

【12月18日】
国連高等弁務官事務所(UNHCR)は、内戦で母国を追われた難民、国内避難民の数が2015年、計6000万人を超え、過去最多との見通しを示した。日経12月20日付け。

【12月19日】
19日日経によると、ブリュッセルで、EU首脳会議が開かれた。
英国によるEU改革案を初めて本格的に議論した。
2017年末までEU離脱の是非を問う国民投票実施を公約するキャメロン氏は、英国が残留する条件として4つの改革案を提示している。
最大の争点は、英国内で急増しているEU域内からの移民を制限するため、入国から4年間は、社会保障の給付を行わないことを認めること。
移民を送り出す側のポーランド、チェコを筆頭にほぼ全加盟国が反対を表明した。「移動の自由」を掲げるEUの基本理念が損なわれないか、基本条約改定が必要でないか、一方、英国のEU残留が全加盟国の利益になる(独)と述べた。2016年2月の首脳会議で、移民制限に関する代替案など審議の予定。
難民対策の財源として、加盟国が各国予算から総額28億ユーロ(約3700億円)拠出うることに首脳が合意した。1月16日時点で、申出のあった金額は約5.8億ユーロ。EUの対外国境を共同管理する「欧州国境・沿岸警備隊」の創設について。独、仏は賛成、国境管理の1部を委譲するため東欧諸国は慎重論。

【12月30日】
UNHCRは、地中海を渡って、欧州に上陸した中東、アフリカからの難民が2015年の1年間で、100万573人と発表。2014年は約22万人。海で死亡したり行方不明者3735人。上陸地点、ギリシャが約84万人、イタリア、約15万人。出身別では、シリアが49%、アフガニスタン21%、イラク8%。

【12月31日】
西部ケルンで、難民保護申請者を含む外国人男性が集団で女性を囲み、性犯罪などに及んだ事件が、2015年12月31日、起こった。
ケルン警察によると、10人の亡命申請者、9人の不法滞在者を容疑者として特定、19人のうち14人がモロッコ人という。ネット情報。

▽2016年

【1月13日】
デンマークでは、2015年、約2万人が難民申請した。
デンマーク国会では、難民申請者から1万クローネ(約17万1千円)を超える現金や所持品を政府が押収し、政府の難民保護費に充てる法案の審議が始まった。
UNHCRは、「難民申請者の尊厳への侮辱で、プライバシー権への恣意的な干渉である」と批判し、法案取り下げを求めている。朝日渡辺志帆記者、1月14日付け。

【1月16日】
ドイツ西部ボルンハイムの公営プールが、難民保護申請者の男性の利用を1月14日から禁止した。

【1月22日】
ドイツのメルケル首相とトルコのダウトオール首相が会談した。
トルコの難民対策を支えるためEUが資金を提供する、トルコは、難民の渡欧を防ぐ、という内容。

【1月27日】
EU欧州委員会は、ギリシャの域外との国境管理について、義務をひどく怠っているとの認識を示し、対応を求めた。
身元確認やパスポートの検査、指紋採取が十分ない、国境管理に深刻な欠陥があるとの報告書案を纏めた。産経ニュース2016年1月28日。

【2月5日】
ロンドンで、シリアへの経済支援への会合が開かれた。国連、ドイツ、ノルウエー、クエートが共同で主催。シリア、周辺国の負担を軽減するため、米欧日など。70国、団体が総額100億ドル(約1兆1700億円)超の資金を拠出することを表明、閉幕した。ドイツ、23億ユーロ(約3000億円)、
米国、8億9000万ドル(約1000億円)、日本は女性、若年層の職業訓練のため3億500万ドルの支援を表明した。

【3月18日】
欧州連合(EU)とトルコは、無秩序な欧州への難民流入を阻止するため、次のような合意に達した。18日、ブリュッセルで、トルコのダウトオール首相、EUのトウスク大統領、ユンケル欧州委員長が記者会見した。

  1. 3月20日以降にトルコからギリシャに密航する移民や難民は、「全てトルコに送り返す」。
  2. トルコに送り返す密航者のうち、シリア難民1人につき、トルコで正式な手続きを経たシリア難民1人をEUへ正規に移住させる。
  3. EUは、トルコに見返りとして、支援基金60億ユーロ(約7500億円)に倍増すると明記した。日経2016年3月19日夕刊。

【4月4日】
欧州連合(EU)統計局の発表。
2月のユーロ圏(19カ国)の失業率、10.3%(1月は、10.4%)
ドイツは、4.3%。19カ国で最も低い。
ギリシャは、24%(2015年12月)。

【4月5日】
3月18日のEUとトルコの合意で、40人以上のシリア難民が、トルコからドイツとフインランドに空路で運ばれた。
ギリシヤのレスボス島、ヒオス島のパキスタン人などが、旅客船でトルコのデイキリへ運ばれた。朝日2016年4月5日。