大家重夫の世情考察

注5
村角泰「ボートピープル到着の頃」愛36号59頁。
昭和54年12月18日、衆議院外務委員会において、渋谷邦彦議員から、500人の定住枠を定めたが、インドシンア難民の定住センターにおける状況などを質問し、村角局長が説明員として答弁している。村角氏は、ブラジル大使、儀典長をされた。

注6
色摩力夫「インドシナ難民対策の現状と課題」ジュリスト781号(1981年1月1日号)34頁。色摩氏は、陸軍幼年学校に学び、このとき敗戦を迎えたいる。サン・パウロ総領事、ホンジュラス大使、コロンビア大使、チリ大使ののち1992年退官、浜松大学国際経済学部教授。
著書
「オルテガ-現代文明論の先駆者」中公新書・1988年。
「アメリゴ・ヴェスプッチ-謎の航海者の軌跡」中公新書・1993年。
「国家権力の解剖-軍隊と警察」総合法令・1994年・
「黄昏のスペイン帝国-オリバーレスとリシュリュー」中央公論社・1996年。
「フランコ-スペイン現代史の迷路」(中公叢書)中央公論新社・2000年。
「日本人はなぜ終戦の日付をまちがえたのか-8月15日と9月2日の間のはかりしれな い断層」黙出版・2000年。
「国際連合という神話」PHP新書・2001年。
共著
「国民のための戦争と平和の法-国連とPKOの問題点」小室直樹と共著・総合法令・1993年。
「人にはなぜ教育が必要なのか」小室直樹と共著・総合法令・1997年。
「今、国連そして日本」田中義具・渡辺昭夫と共著・自由国民社・2004年。
このほか多数の著作がある。

注7
黒木忠正「インドシナ難民と国内対策」「外国人登録」267号、268号(昭和56年)。
黒木忠正「インドシナ難民受入れ事業30年を振り返って」愛29号(2005年12月)8頁
黒木忠正「ボートピープル到着の頃」愛36号(2012年12月発行)57頁。
このほか次の著書がある。
黒木忠正「正しい外国人雇用」日本加除出版・1994年4月。
黒木忠正「入管法・外登法用語事典」日本加除出版・2001年6月。
山田鐐一・黒木忠正「わかりやすい入管法 第6版」有斐閣・2004年4月。
黒木忠正「はじめての入管法」日本加除出版・2012年8月。
山田鐐一・黒木忠正「よくわかる入管法 第3版」有斐閣・2012年12月。

注8
桔梗氏は、のち、横浜国立大学大学院国際社会科学研究科に学ばれ、「国連手段安全保障制度における執行体制の分権化とその補完:集団的意思の個別的執行の制度化に関する考察を中心として」により博士号(国際経済法学)を取得された。

注9
このとき、佐藤栄作がノーベル賞を授けられたことを記念してできている佐藤栄作記念財団(文部省が所管する財団法人)も候補になったが、アジア孤児福祉財団が外務省所管法人であったことが決め手になったと思う。

注10
華山親義(1900年9月生-1979年8月)は、東條英機内閣が昭和17年、大東亜省を創設の際、青木一男大臣(貴族院議員)のもとで、会計課長。北京大使館総領事、戦後、山形県副知事を経て、昭和38年以来、社会党から衆議院議員に3期当選(1963年11月、1967年1月、1969年12月)した。1972年8月10日死去。1967年(昭和42年)4月21日、佐藤栄作首相から「武器輸出3原則」の答弁を引き出している。この3原則は、47年続いたが、2014年(平成26年)、安倍内閣で、見直された。

注11
高橋典史「宗教組織によるインドシナ難民支援事業の展開-立正佼成会を事例に」(「宗教と社会貢献」4巻1号1頁(2014年4月))。高橋氏は、東洋大学社会学部社会文化システム学科・准教授。

注12
北尾典子「姫路定住促進センターの日本語教育と定住者の日本語の実情」(吉田彌壽夫先生古稀記念論集編集委員会「日本語の地平線-吉田彌壽夫先生古稀記念論集」(くろしお出版・1999年)80頁。この論集には、植田直子「姫路定住促進センターニオケルプレイスメント開発」、吉本優子「定住インドシナ難民の談話における相づち使用に関する一考察」も収録されている。

注13
(財)アジア福祉教育財団難民事業本部「インドシナ難民に対する日本語教育20年の軌跡」157頁に姫路が早く決まったことについて、吉田弥寿夫発言があるが、筆者はまったく、記憶にない。

注14
末松偕一郎(1875-1947)は、内務官僚、徳島県、滋賀県、茨城県、広島県の各知事を務め、福岡4区から衆議院議員通算5期(立憲民政党)、別府市長を務め、現職中死去。福岡県築上郡上毛町友枝の出身で、父親は、小倉藩の藩医。筆者の父親大家国夫は、友枝村の隣村、唐原村(現・上毛町上唐原)出身で、同郷であること、また、偕一郎次男、宮崎茂子氏実兄の朝日新聞社OB末松満氏と私の父は、旧制福岡高校、東大が同級であった。これらのことは、偶然手にした偕一郎三男末松経正長女の大野真理子「オーマイ・パパ」(文芸社・2003年)により知る。
末松偕一郎は、福岡県の公立学校法人九州歯科大学の前身の九州歯科医学専門学校時代の理事長で、日窒コンツエルンの野口遵から専門学校へ多額の資金を出させた功労者である。筆者は、2008年4月1日から2012年3月末まで、公立学校法人九州歯科大学の学外理事を務めてこれを知った。偕一郎夫人は、第一次大隈内閣の農相大石正巳の娘、満寿意であったが若死にされ、千代と再婚された。三男経正は、齋藤隆夫代議士の娘四女愛子と結婚した。次男満は、野口遵の娘と結婚した。宮崎茂子氏は、五女で末っ子であられた。
藤田嗣治の甥(嗣治の長姉の子)で、開成中学同級の蘆原英了(本名敏信)は、(末松満について)「彼はもっぱら演説がうまく、演説をさせたらクラス第一いや校内随一であったと思う。誰しも彼は政治家となり、代議士となり、大臣になると思っていたが、東京帝大卒業後、朝日新聞社に入り、週刊朝日の編集長をやったり、東大新聞研究所に入ったり、東海大学教授をやったりしている。」(「私の半自叙伝」(新宿書房・1983年)92頁)と書いている。

注15
(財)アジア福祉教育財団難民事業本部「インドシナ難民に対する日本語教育20年の軌跡」161頁。

注16
西尾珪子「3か月の日本語教育」国際交流28号(1981年7月1日発行)28頁。
西尾珪子「難民と共に学んだ30年-難民受入れと日本語教育の新しい取組み」愛35号(2011年12月発行)12頁。
なお、(財)アジア福祉教育財団難民事業本部「インドシナ難民に対する日本語教育20年の軌跡」(2000年3月31日)は、国際日本語普及協会の山本紀美子氏が編集され、西尾珪子、岩見宮子、関口明子、桜田鉄之助氏らが執筆され、姫路定住促進センターの北尾典子氏の協力をえて、詳しい、有益な資料となっている。


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中国政官データ[2016年5月版]

著者:大家 重夫(Shigeo Ohie)のご紹介

著者:大家 重夫(Shigeo Ohie)の写真

2013年 フランス ランスにて

プロフィール

1934(昭和9)年生まれ
久留米大学名誉教授・国際日本語普及
協会理事
LAIT(IT知財法務研究所)
客員研究員

京都大学法学部卒
1960年文部省(現・文部科学省)
1970年文化庁著作権課長補佐
1988年私立久留米大学法学部教授。
1995年久留米大学法学部長
2005年久留米大学特任教授・名誉教授
2011年日本ユニ著作権センターより
「著作権貢献賞」を受賞

主な著書に

  • 肖像権(1979年・新日本法規)
  • 改訂版ニッポン著作権物語(1999年・青山社)
  • タイプフェイスの法的保護と著作権(2000年・成文堂)
  • 唱歌『コヒノボリ』『チューリップ』と著作権(2004年・全音楽譜出版社)
  • 肖像権 改訂新版(2011年・太田出版)
  • 美術作家の著作権 その現状と展望
    (福王子一彦と共著・2014年・里文出版)
  • ウルトラマンと著作権
    (上松盛明氏と共編・2014年・青山社)
  • インターネット判例要約集(2015年・青山社)

などがある。

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