第3部 汚職、権力闘争で失脚した人々 – 前編 –

2016年6月27日

1,中国では、汚職の摘発と権力闘争

 中国からの報道のうち汚職、権力濫用に関する事件が多い。賄賂の金額が、日本と違って、巨額であることも驚かされる。
 2012年発足の習近平政権からほぼ2年経過した。就任当初、利益調整型の温和なリーダー、むしろ「弱いリーダー」と見られていた。「最後の将軍」といった批評もあった。
 ところが、習近平は、金融のプロ王岐山を中央紀律検査委員会書記に就け、積極的に汚職幹部の取締を行った。
 2014年には周永康・前共産党中央政治局常務委員、徐才厚・前共産党中央軍事委員会副主席、令計画・前共産党中央弁公庁主任という大物、江沢民、胡錦濤の側近といわれた人々摘発した。
 習近平は、「強いリーダー」であったのだ。中国では、今、共産党、政府の高官たちは、震え上がっており、一方、中国国民は喝采を送っているようである。
 習近平、王岐山は、死を覚悟して、「反腐敗」の実現を実行しているのであろうか。
 加茂具樹「習近平政権の『反腐敗』とは何か」は、「最高指導部のメンバーは、その誰もが党の威信低下に強い危機感を抱いていた。民衆の信頼を回復し、一党支配体制を維持し、強化するためには、痛みを伴う大胆な改革は避けられない。そして、抵抗に打ち勝つには強力なリーダーシップと素早い決断と執行が不可欠だ。こうした共通認識の下、彼らは合意のうえで習に権力を集中させる道を選んだのでないか。」と推理する(中央公論2015年3月号66頁)。
 私は、あとの5人の常務委員が渋々、習近平、王岐山の行為を追認していること、習近平にとって、汚職摘発しか国内行政で打つ手がない、またこれが習近平の大きな武器になり、江沢民、胡錦濤の発言権を奪い、習近平が毛沢東のような、鄧小平のような存在になるために行っている大きな賭に思われる。

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 汚職や権力の濫用を行った人々に対して、死刑、終身刑と処罰し、財産没収をし、また党籍剥奪をすることが多い。共産党の行う制裁と、国家機関としての司法機関の行う制裁と二つあるようである。
 司法権は独立していない。野口東秀・元産経新聞中国特派員は、中国の裁判における判決も党の指示で決められること、裁判官だけでなく裁判官を管理する直属の書記も懐柔する必要があること、裁判官、弁護士も弁護士免許の供与剥奪を通じて間接支配していること、民事事件だが、騙された日本人ビジネスマンから依頼された野口氏は、元検察官の知人である中国人に150万円支払って解決した実例を述べている(「中国真の権力エリート」新潮社・2012年)。
 ここでは、新聞雑誌書籍に報道された、政治家官僚の主要な汚職事件を掲げてみる。

2,失脚した人々

 1995年から2007年まで「摘発された副大臣、副省長クラス以上の高級幹部リスト」74名が沈才彬「中国沈没」(三笠書房・2008年)91頁に掲載されている。
 2012年、太子党で、習近平の兄貴分といった存在だった太子党の薄熙来は、一部の人々には人気があったが、失脚した。
 2012年11月、第18回党大会以降の高級幹部の摘発状況は、矢吹晋・高橋博「中共政権の爛熟・腐敗」(蒼蒼社・2014年)が詳細に記録している。
 1995年から現在まで、新聞などに報道された汚職事件を掲げる。
江沢民政権になり大型汚職事件として訴追された陳希同(元北京市党委書記)、胡錦濤政権になり訴追された陳良宇(元上?市党委書記)の場合、司法機関に引き渡すまで、党中央規律検査委員会(中規委)が調査を取り仕切る。中規委の権限は、政府、法より上位の党からのもので、双規された者は弁護士の接見も禁止され、期限の制約がなく、陳奇同の調査は2年間、陳良宇は1年間におよんだ.陳良宇の中規委の調査は上海中心部の国営ホテルで行われ、調査員は最多時百人を越えた。(注1

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1995年 北京市書記陳希同解任。陳希同は、王宝森副市長の汚職事件に連座し、党籍除名、一切の公職を解任、秦城監獄に投獄された。2013年死去。(注2
陳希同は、回顧録で「天安門事件はうまく処理すれば、死者が出る事態は避けられた」とし、天安門事件を再評価すべきだという意見を述べた(注3)。

1999年 遠華電子有限公司(貿易会社)会長・賴昌星、密輸により800億元(約1兆100億)を脱税し、カナダに逃亡した。(2011年、強制送還され、2012年5月終身刑の判決)

2001年9月 雲南省副省長 李嘉廷、失脚。119万元の収賄、2049万元に相当する利益供与。2003年起訴され、執行猶予付死刑。(注4)。

2006年6月 劉志華・北京市副市長。愛人王建瑞(もと国営企業エンジニア、建築会社起業)、五輪建設で不法利益を得たとして失脚。(注5)。

2006年9月 上?市書記、常務委員陳良宇解任される。中央政治局委員、中央委員職停止。(注6

2006年12月 杜世成(山東省煙台副市長、副書記、愈正声が市長、党委副書記のとき)、「双規」不正利益626万元ほかの収賄で無期懲役。(注7)陳同海(中国石油化工業集団公司総経理)、職位職権利用で、不正利益1億9573万元の不正利益を得た収賄行為などで執行猶予付死刑判決。

2006年 劉志祥(劉志軍の弟)、汚職で執行猶予付死刑判決。劉志軍がこの時、連座しなかったのは、江沢民の庇護があったからと福島香織は指摘する。(注8)のち、2011年7月23日、高速鉄道事故があり、事故車両を埋めさせる事件が起こった(遠藤誉「中国政府を悩ませる『独立王国』鉄道部とネット」世論)中央公論2011年10月号182頁)。

2007年 中国海軍ナンバー2の王守業中将(海軍の装備品調達の責任者)汚職で失脚。(注9
前国家食品薬品監督管理局長 鄭篠萸、賄賂を貰い認可した薬が問題を起こし、死刑宣告される。収賄額は、650万元(約9750万円)で、一千万元(約1億5000万円)に満たないため同情論あり(富坂総編「中国官僚覆面座談会」99頁)

2007年8月 金人慶(国家税務総局長、16回党大会で中央委員、温家宝内閣で財政部長)、63歳で、国務院発展研究センター副主任へ左遷、2009年11月、免職。李薇(リーウエイ)との関係からである。(注10)。

2008年2月5日 内モンゴル自治区の区都、呼和浩特(フフホト)市で、市の経済技術開発区の警察署長が、市のナンバー2の副書記を射殺した。(富坂総編「中国官僚覆面座談会」(小学館・2008)118頁)

2008年3月 上?の開発業者「上?中祥グループ」会長秦金竜逮捕さる。(注11

2008年 元上?市党委書記陳良宇(2006年9月24日解任)、汚職で有罪判決。天津市中級法院、陳良宇へ有期徒刑(懲役)18年、個人財産30万元没収。(注12

2008年 黄松有(中国最高人民法院副院長)汚職容疑で「双規」(隔離審査)をうけ起訴される。2010年1月、無期懲役。(注13)。

2009年4月 故黄菊副首相の秘書・王維工、約1300万元の収賄罪で執行猶予付の死刑判決。王維工は黄菊死去の翌月検察当局に逮捕された(注14

2009年9月 許宗衡(元広東省深?市長)汚職で失脚。(注15

2011年7月23日 賴昌星が中国に送還された。

2011年8月 周以忠(元河南省開封市長)汚職で失脚。湯燦との関係(注16)。

2011年2月 2003年から鉄道部長の劉志軍は汚職の疑いで取調を受ける。
丁書苗(本名、丁羽心)(山西省晋城市沁水県生まれ、女性起業家)

2012年 広東中国銀行開平支店長 余振東  40億元(672億円)収賄
広東省中山市実業発展公司 陳満雄  4.2億元(70億円)収賄
重慶市共産党委員会宣伝部長 張宗海 2億元(33億円)収賄
雲南省紅塔グループ会長 諸時健   1.8億元(30億円)
厦門税関長       楊前線 1.6億元(27億円)
海軍副司令員 王守業   1.6億元(27億円)(注17

2012年2月 国防省、谷俊山中将の解任を発表。

2012年3月15日 薄熙来は、重慶市党委書記を解任された。

2012年3月15日 徐明(大連実徳機械工程有限公司総経理、大連実徳集団総裁)
逮捕される。薄熙来・周永康の「財政部長」か。(注23

     4月10日 薄熙来、党中央政治局委員解任。

2012年4月 毛小平(元江蘇省無錫市長)汚職で失脚。

2012年5月 劉志軍は、2011年7月23日の高速鉄道事故の責任を認定されたこと、汚職の罪により、党籍を剥奪された。(注18)。

2012年5月13日 新華社通信「人民解放軍、阮志柏・成都軍区副司令官が北京で病死、62才」と報じた。周永康が暗殺したという(加藤隆則「習近平暗殺計画」(文藝春秋・2016年)86頁)

2012年5月 遠華電子有限公司会長賴昌星へ終身刑の判決。賴昌星は、800億元の脱税といわれる遠華密輸事件の主犯格で、1999年から香港経由でカナダに渡り、逃亡生活をしていた。2011年7月23日カナダから中国政府へ強制送還され、終身刑の判決を受けた。(注19

     10月25日、薄熙来、無期懲役の刑確定(二審山東省高級人民法院)

     12月 李春城・四川省副書記摘発される。

2013年5月 劉鉄男・国家発展改革委員会委員副主任摘発される。

     6月 郭永祥・四川省人大常務委副主任摘発される。

2013年7月8日 劉志軍に対し、北京市第二中級人民法院は、6460万元(約12億円)相当の収賄罪、職権濫用などで、執行猶予付死刑判決。(注20)。

     8月 王永春・中国石油天然ガス副総経理摘発される。

2013年9月 将潔敏・国有資産監督管理委主任(正部級)に対し、調査開始。

2014年6月30日、党籍剥奪。(注28

2013年9月24日 北京市第二中級人民法院で、丁書苗に対し、贈賄容疑、違法経営で、公判が行われた。(注22

2013年 谷俊山中将(総後勤部副部長)、200億元(3400億円)以上の収賄で逮捕。(米誌「TIME」2013年6月17日号。)(注24)。
矢吹晋・高橋博「中共政権の爛熟・腐敗」(注25)に谷俊山総後勤部副部長の経歴がある。連座して羊伝杰(ようでんけつ)少将(湖北省軍区副司令)、方文平(前山西省軍区司令)府林国(総後勤部副参謀)も取調を受けた。(注26
2011年、劉源上將(劉少奇の息子)が非難発言する。(注27

2013年11月、中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議(3中全会)閉幕した。
その後、次ぎの者が、取調の対象となり、身柄を拘束された。(注29
湖北省元政治協商会議副主席      陳柏槐
湖北省元副省長            郭有明
江西省人民代表大会常務委員会副主任  陳安衆
黒竜江省元省元副省級幹部       付曉光
湖南省元政治協商会議副主席      童名謙
元宣伝部副部長で、現公安部副部長  李東生 (注30
焦利(元中央テレビ局長、2012年1月、国家新聞出版総署副署長、同年10月解任)と歌姫湯燦との関係について福島香織「現代中国悪女列伝」注31)。
王明貴・防空兵式学院政委(少将)摘発される。
李崇禧・四川省政治協商会議主席(正部級)摘発される。

     12月 李東生・公安部副部長(正部級)、摘発される。

注1
加藤隆則「中国社会の見えない掟」(講談社現代新書・2011年)123頁。

注2
1989年中央委員会総書記、1993年国家主席に就いた江沢民は、薄一波の入れ知恵で1995年、陳奇同を失脚させ、賈慶林を1996年、北京市の副書記、北京市長に任命した。遠藤誉「チャイナ・セブン」(朝日新聞出版・2014年11月)96頁、94頁。

注3
陳奇同につき福島香織「中国『反日デモ』の深層」(扶桑社・2012年)74頁。

注4
福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)167頁。

注5
福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)172頁。

注6
加藤隆則「中国社会の見えない掟ー潜規則とは何か」(講談社現代新書・2011年)112頁、117頁。

注7
福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)181頁。

注8
福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)203頁。

注9
宮崎正弘「中国バブル崩壊が始まった」(海竜社・2013年)112頁。
清水美和「『中国問題』の内幕」(ちくま新書・2008年)150頁。

注10
福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)168頁。

注11
加藤隆則「中国社会の見えない掟」(講談社現代新書・2011年)121頁。秦金竜の土地の横領容疑と黄菊前副首相秘書・王維工への贈賄容疑である。

注12
加藤隆則「中国社会の見えない掟」(講談社現代新書・2011年)118頁~121頁によると陳良宇は、懲役18年、個人財産没収30万元で、側近6人に比べ軽い。胡錦濤政権の上海閥に対する政治的配慮という。

注13
福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)180頁。「双規」については、矢吹晋・高橋博「中共政権の爛熟・腐敗ー習近平「虎退治」の闇を切り裂く」蒼蒼社・2014年)210頁が詳しい。同書42頁に徐才厚が双規処分を受けていたという。

注14
加藤隆則「中国社会の見えない掟」(講談社現代新書・2011年)121頁。

注15
許宗衡につき福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)148頁。

注16
周以忠につき福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)150頁。

注17
石平「中国崩壊カウントダウン」(宝島社・2014年)155頁による。ここに海軍副司令員王守業の名がある。

注18
劉志軍につき、福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)189頁~205頁。
遠藤誉「中国政府を悩ませる『独立王国』鉄道部とネット」世論)中央公論2011年10月号182頁)。

注19
福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)190頁。同「中国『反日デモ』の深層」(扶桑社新書・2012年)148頁。遠華密輸事件は、賈慶林が関係したとされ、遠藤誉「チャイナ・ナイン」(朝日新聞出版・2012年)71頁、 遠藤誉「チャイナ・セブン」(朝日新聞出版・2014年)110頁参照。

注20
劉志軍と丁書苗につき、福島香織「現代悪女列伝」(前掲)190頁~205頁。

注21
黄文雄・石平「日本に敗れ世界から排除される中国」(徳間書店・2014年)147頁。

注22
福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)204頁。

注23
矢吹晋・高橋博「中共政権の爛熟・腐敗ー習近平「虎退治」の闇を切り裂く」蒼蒼社・2014年)41頁。

注24
宮崎正弘「中国バブル崩壊が始まった」(海竜社・2013年)119頁。
石平「中国崩壊カウントダウン」(宝島130頁社・2014年)157頁

注25
矢吹晋・高橋博「中共政権の爛熟・腐敗ー習近平「虎退治」の闇を切り裂く」蒼蒼社・2014年)43頁。

注26
宮崎正弘「中国・韓国を本気で見捨て始めた世界」(徳間書店・2014年)40頁。

注27
福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)157頁。

注28
古森義久・石平「自壊する中国反撃する日本」(ビジネス社・2014年)116頁。

注29
富坂聰、文藝春秋2014年3月号172頁。

注30
福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)136頁、149頁。

注31
福島香織「現代悪女列伝」(文春新書・2013年)152頁。