第8章 習近平総書記と王岐山と李克強 – 後編 - ≪第1部 中華人民共和国小史≫

2016年6月23日

2014年(平成26年)

朱建栄教授は、7ヶ月後の2014年1月17日解放され、同月28日羽田空港に着いた。西尾幹二は「彼はテレビに出て日本で有名だから助かったものの、そうでなければ、収監されたままのケースもあるのでしょう」(注85)と述べた。朱教授が拘束されていた時期に発行された中央公論2013年12月号82頁「朱建栄氏はなぜ拘束されたか」において、産経新聞矢板明夫は、「この研究者は数年前に日本国籍を取得」「約20年前に来日」「いまでも中国名を使って活動している人物」とした上で、中国共産党内に、習近平等日本批判派の意見と、胡錦濤前主席の側近らから日本との関係改善を求める意見の2つの意見があり、対日外交の軸足が定まらず現場が混乱していると指摘した。遠藤誉「『朱建栄教授拘束事件』の真相」(WiLL2013年12月号220頁)は、朱建栄が文書による「参考消息」を限定した知人に送るだけであれば、拘束されなかったかも知れないが、(朱建栄のようなネット空間で力を及ぼし得る知識人が)「参考消息」として複数の相手にBCCで不定期に中国のニュースをメール送信したことが問題であった、とした。
矢板明夫論文によれば、朱建栄は、日本国籍とのことであるが、2013年9月11日、中国外交部洪磊副報道局長は定例記者会見で、「朱建栄氏は中国の国民だ。中国国民は国家の法律と法規を順守しなけばならない」と述べたという(前掲遠藤誉論文227頁)。
朱建栄が日本国籍であれば、日本政府は抗議すべきであった。抗議したが報道されなかったのだろうか。日本人、中国人、各ジャーナリズムともに「国籍」について鈍感である。
6月、福田康夫元首相が、北京を訪問した。習近平の外交を担当する楊潔?国務委員、王毅外相とあった。福田は官房長官として、安倍晋三は官房副長官として、小泉純一郎首相を支えた清和会の同僚である。福田元首相が対中国に親和的であり、安倍現首相は、靖国神社を参拝するし、尖閣諸島は、日本領土で、そこに領土問題はないとし、中国からみれば対中強硬派と見られていた。福田は、日中首脳会談を開くように動いた。
7月28日、福田は、国家安全保障局長谷内正太郞を同行、習近平と会い、安倍首相の伝言を伝え、自論をのべ、APECで首脳会談が行われるよう努力した。こういう福田の努力を見ると、人柄、人格にもよるだろうが、日本の派閥、特にお互い二世の議員であり、自民党の「文化」を感ずる。
7月29日、習近平は、前最高指導部にあった周永康の摘発を公表した。
9月14日、環球時報(国営)に、中国側の日本政府に対する要求を掲載させた。 北京政府は、本気で安倍首相に自分たちの主張(靖国不参拝、尖閣が係争地であることの認定)を押し付けられと考えていた証拠であると、ルトワックはいう(「中国4・0ー暴発する中国」(文春新書・2016年)55頁)
11月10日、北京の人民大会堂で、日中首脳会談が行われた。3年ぶりの正式な会談であるが、会談を前に、安倍首相と握手する習近平の表情は硬く、仏頂面であった。ここに至る経緯について、近藤大介「パックス・チャイナ中華帝国の野望」(講談社新書・2016年)181頁以下において、福田康夫の「中国の朋友」は、蒋曉松(1951年生、映画監督蒋君超と女優白楊の子)であることを明かしている。

2014年12月22日

 新華社は、令計画が重大な規律違反、汚職、職権濫用で調査 中との報道をした。 令計画の妻、兄弟など親族、元部下など100人が党の規律部門によって拘束された。 令計画の弟令完成は,もと新華社通信の記者であったが、これより先、2014年12月、うまく妻ととも にアメリカに逃れた。令計画から機密資料約2700点を渡され、これをもち、カリフォルニア州の高級住宅(約3億円)に妻と2人で住んでおり、中国共産党へ、令計画や家族に重い判決を下せば、機密資料を公開する、と脅迫しているという。「兄が計画を立て、弟がそれを完成する。見事な連係プレーである。」と令兄弟に同情的な共産党幹部もいるという(矢板明夫・正論2015年10月号54頁、相馬勝・サピオ2015年10月号31頁。)

2015年(平成27年)

2月17日、習近平總書記は、国家政権転覆罪で懲役10年の刑に服している歴史家呂加平氏の特赦を認めた。呂加平氏は、江沢民の父江世俊が、汪兆銘政権下の官僚であり、国民党特務機関の一員であったこと、江沢民は、このことを隠すため、叔父江世侯(別名江上青、中国共産党員、1939年匪賊に殺された。)の養子であると称した。また江沢民は、革命前の1946年4月に地下の中国共産党に入党したとあるが、これはありえず、「1956年、ソ連研修旅行から帰国した際、当時の鞍山鉄鋼公司総経理馬賓氏の紹介で集団入党した可能性が高い」と論証した。阿部治平「リベラル21」によれば、この事を知り激怒した江沢民は、2011年当時、中央政治局常務委員・政法委員の周永康を使い、呂加平氏を逮捕させ、呂氏は、湖南省長沙監獄に入っていた。呂氏は心臓病で体調が悪く、家族が「仮釈放」を求めていた。呂氏の息子于浩呂宸(歌手)は、胡徳華(胡耀邦の子)、趙俉軍(趙紫陽の子)、鮑?(趙紫陽の政治秘書、党中央委員)などの紅二代に陳情した。加藤隆則「習近平暗殺計画」(文藝春秋・2016年)32頁は、呂氏の両親は、革命幹部であること、江沢民の経歴詐称は、党内ではなかば「公然の秘密」であったこと、呂氏の釈放で、江沢民の経歴は、「公然の事実」となり、江氏は窮地に追い込まれ、抗日戦争勝利記念軍事パレードは、「漢奸」家系の江沢民に対する当てこすりともとれるとする。習近平は、呂の特赦でも、江沢民に優位に立ち、また、令計画のクーデタ発覚により胡錦濤に対しても、習近平は優位にたった。

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2015年3月6日付け、日経によれば、全国人民大会の予定は次のようであった。
3月5日 李克強首相が政府活動報告。
3月6日 楼継偉財政相が記者会見。
3月7日 髙虎城商務相が記者会見。 陳吉寧環境保護相が記者会見。
3月8日 王毅外相が記者会見。 周小川中国人民銀行総裁が記者会見。
3月13日 全国政治協商会議(3日開幕)が閉幕。
3月15日 全国人民大会閉幕。李克強首相が記者会見。

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3月12日、英国が、中国が提唱したアジアインフラ投資銀行(AIIB)へ参加することを表明した。3月末が創設メンバーの受付け締め切りであった。
英国につづいて、ドイツ、フランス、イタリアと欧州諸国が雪崩をうって、参加表明した。
アメリカ、日本は入らない。日本では、2015年3月20日日経社説、同年4月29日19面で、(一直)氏が、参加し、積極的関与すべきだ、と述べたが、麻生財務相を初めとして、大勢は、アメリカとともに見送ったことに賛成した。
5月11日中国各紙、毎日新聞が次の報道をした。天津市の健康食品、化粧品販売の「天獅グループ」(複合企業テイエンズ)は、創設20年を記念し、従業員半数以上に相当する6400人の社員、家族を84機の旅客機に分乗させフランスに向い、5日から8日まで、パリとニースに滞在した。パリで140のホテルに一斉に宿泊し、ニースでは、近隣の4つ星、5つ星ホテル計4760部屋に投宿した。フランスのパリジャン紙によると、総額1300万ユーロ(1ユーロ130円とすれば、16億9000万円)の出費をしたらしい。フランスの観光産業は、1500億ユーロ(19兆5000億円)で、国内総生産GDPの7%を占める。約8500万人の外国人観光客という。フランス外務省報道官は、5月7日、この中国人の超大型社員旅行を明らかにした。少少、中国人客の不作法があっても、フランスのホテルは、目をつむったと思われる。
2003年9月16日、日本の建設会社幸輝が広東省珠海市へ社員旅行をし、集団買春をしたとして、前述のように中国のマスコミによって叩かれた。この中国人一行の旅行マナーについて、欧州や日本のマスコミの報道は、特に何もない。

7月

100人を超える人権派の弁護士や活動家が一斉に拘束された。2015年7月14日日経によると、湖南省、山東省など19の省市の弁護士。最多は北京の23人、北京の「鋒鋭弁護士事務所」に所属する弁護士が多い。同事務所の主任・周世鋒氏、有名女性弁護士の王宇氏等を「社会秩序を乱した重大犯罪容疑」で刑事拘束処分にした(新華社)。

8月12日

天津市の中心部から東に50キロの渤海に面した浜海新区の倉庫から爆発が起こった。消防士など死者が170人以上でた。長谷川慶太郎は、天津市の爆発は「ボデイブローのように中国経済を弱らせていく」と予想する(「世界はこう激変する」(李白社・2016年)74頁)。長谷川慶太郎「米中激突で中国は敗退する」(東洋経済新報社・2016年)120頁は、「ウイグルによるテロ説」があるとする。ルトワック、奥山真司訳「中国4・0」(文春新書・2016年)73頁は習近平暗殺失敗で事故が起こったのではないとし、ただ噂が出回ったことが問題であるという。

9月

習近平は、訪米し、オバマ大統領と会談した。令完成と持ち出した機密資料、横領金の引渡を要求したと想像する。習近平は、外務省の劉建超(51歳)を国家腐敗予防局と中央規律検査委員会の国際協力責任者に任命した。
9月29日、 中国は、銀行・クレジットカード「銀聯カード」による外国での現金引き出し規制を公表した。2015年10月から12月まで、5万元(約100万円)、2016年以降、1人年間10万元(約200万円)に制限するとした(三橋貴明「中国崩壊後の世界」(小学館新書・2015年)195頁)。
10月29日、中国共産党は、「1人つ子政策」を大幅に見直し、全ての夫婦が第2子をもつことを認める決定をした。
12月20日、広東省深?市で、大規模な土砂崩れがあった。
12月31日、国防部スポークスマンは、人民解放軍の劉源(劉少奇の息子)・総後勤部政治委員が65歳の定年で退役したと報じた。劉源は、習近平の兄貴分とか軍師とか呼ばれ、習近平に近いとされていた。徐才厚、郭伯雄を失脚させる原動力であり、それだけに上?系の軍人から怨まれ、暗殺されそうになったこともあったと報じられていた。
2016年2月26日、劉源は、全国人民代表大会(全人代)の財政経済委員会副主任に就任したと中国国営中央テレビが報じた(2016年2月28日産経ニュース)。習近平の意向により、この役職につかせたのであろうが、この人事の意図は不明である。

2016年

1月

 習近平に批判的な書籍を出版・販売する香港の書店銅鑼書店とその親会社の株主など関係者5人が、2015年10月以降、失踪している、と報じられた。10月14日、銅鑼湾書店の親会社巨流出版社社長呂波氏、同月17日、巨流出版社株主桂民海氏(スエーデン国籍)、10月23日から24日にかけて、巨流出版社営業部長張志平氏、銅鑼湾書店店長林栄基氏、12月30日、銅鑼湾書店の株主、作家でもある李波氏(英国籍)が香港から姿を消した。中国当局に拘束され、中国本土に監禁された。銅鑼湾書店は、中国政治に関する書物を扱う専門店で、販売部門、出版部門がある。習近平国家主席の暴露本を出版しようとして、中国治安当局の逆鱗に触れた。矢板明夫「チャイナ監視台」正論2016年3月号50頁。なお、呂波氏は、2016年3月4日、釈放されたと香港警察が発表した(朝日2016年3月4日)。 中国政府は、習近平に不都合な情報を流すことに、非常に神経質になっている、香港は、別の制度で法治されているべきだということを無視しなければならないほど、余裕がなくなっている、ことを世界に示した。

2月

2月26日 劉源氏が、全国人民代表大会(全人代)の財政経済委員会副主任に就任したと、中国国営中央テレビが伝えた(産経ニュース)。
2月28日
  中国の「物言う企業家」で、不動産会社「華遠地産」会長の任志強氏の「微博」のアカウントが、「国家インターネット情報弁公室」(2011年設立、国務院新聞弁公室内に設置)によって、閉鎖された。任志強氏は、共産党員であるが、微博アカウントに3780万人のフォロワーをもつ。習近平が、「メデイアは、党の宣伝の陣地で、党を代弁しなければならない」と指示したことについて、任志強氏は、「メデイアは人民の利益を代弁すべきだ。(党を代表すれば)人民の利益は隅に捨てられ、忘れ去られる」と疑問を述べ、官製メデイアから「共産党員の恥だ」と攻撃されていた(矢板明夫・産経ニュース)。
福島香織によると、任志強は王岐山と親友であるとする。真実ならば、習近平は、王岐山も敵に回し、孤立していることになる。(サピオ2016年6月号16頁)。
3月5日、ニューズウイーク日本版2016年3月5日号15頁において、楊海英は、米上院が、全会一致で、ワシントンの駐米中国大使館の一角の住所名を、「劉曉波プラザ」に改称する法案を可決したと報じた。共和党テッド・クルーズ上院議員が提案した。

4月

パナマの法律事務所「モッサク・フォンセカ」(Mossack Fonseca)の内部文書が流出した。
法律事務所の顧客約1万4000人、約1000万強という(日経4月8日)。法律事務所は、顧客の租税回避を手伝うもので、すべて違法でなく、合法なものもある。
すなわち、合法的な節税、脱税(税金のがれ)、マネーロンダリング(お金の洗浄)と多様であるが、どこの国民も、彼らは不正蓄財で得た金をここに移転し、マネーロンダリングをしていると思うであろう。中国国民は、習近平の姉の夫の場合、習近平が総書記になる以前の話であるとし、それを公表しても、それを皆が信じることはない。
アイスランドのグンロイグソン首相が辞任し、イギリスのキャメロン首相は、亡父がパナマに設立したファンドに投資し、約480万円(3万1500ポンド)で売却、300万円近く利益を得たことを認めた。ロシアのプーチン大統領に近しい富豪の名前もある。
中国については、政治局常務委員会の委員の親族が、オフショア金融取引に関与したとして報ぜられた。中国政府は、直ちに検閲を強化し、パナマ文書の報道を禁止した。
インターネットで、「巴拿馬文件」(パナマ文書)「姐夫」(姉の夫)という言葉を検索しても何も出てこないか、意味のないリンク先しか出てこない。
第2部に、パナマ文書にでた中国人の名前を掲載する。

注85
西尾幹二編「中国人国家ニッポンの誕生」(ビジネス社・2014年)71頁。