インターネット上の名誉毀損行為には、インターネットの特殊性を反映した独自の判断基準が適用されるのかー1審は、無罪、2・3審は、有罪とされた事例である。
[東京地裁判決]
被告人は、米国の大学中退後、平成8年7月頃から、プログラマーとして、数社に勤務し、現在に至っている。
被告人は、自己の開設するホームページにラーメン店チェーンの経営会社である株式会社甲野食品(のち乙山株式会社に商号変更)について、「インチキFC甲野粉砕」「貴方が『甲野』で食事をすると、飲食代の4~5%がカルト集団の収入になります。」などと甲野食品がカルト集団である旨の虚偽の内容を記載した文章や同社が会社説明会の広告に虚偽の記載をしている旨の文章を掲載し、不特定多数の者に閲覧させたとして、名誉毀損罪に問われ、検事は罰金30万円を求刑した。
東京地裁刑事3部(波床昌則裁判長、柴田誠、牛島武人裁判官)は、無罪を言渡した。
日本の名誉毀損罪は、真実を述べた場合も成立するとされ、表現の自由よりも個人の名誉を優先保護していると批評されていた。戦後占領下の昭和22年の刑法改正で、刑法230条の2が追加され、名誉毀損的表現が、
と規定した。しかし、真実の証明は困難であることが多いため、最高裁昭和44年6月25日判決刑集23巻7号975頁(「夕刊和歌山時事」事件)は、「真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実だと誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるときは、故意がなく、名誉毀損罪は成立しない。」とし、言論の表現者に有利な判例変更を行った。
このインターネットの名誉毀損事件で判決は、
として、インターネット上の表現行為について、新たな基準を提示し、名誉毀損罪に当たらないとした。
すなわち、
とした。
このように解することによって「インターネットを使った個人利用者による真実の表現行為がいわゆる自己検閲により萎縮するという事態が生ぜず、ひいては憲法21条によって要請される情報や思想の自由な流通が確保される、という結果がもたらされることにもなると思われる。」とする。
[東京高裁判決]
東京高裁は、1審判決を否定、「原判決を破棄」「被告人を罰金30万円に処」した。
高裁判決は、
とした。
「結局のところ、個人利用者によるインターネット上での表現行為について、名誉毀損罪の成否に関する独自の基準を定立し、これに基づき被告人に名誉毀損罪は成立しないとした原判決は、刑法230条の2第1項の解釈。適用を誤ったもの」とした。
[最高裁判決](判例要約)
インターネットのホームページにおいて、被害会社の名誉を毀損する虚偽の事実を掲載した場合、個人利用者が公益を図る目的であったとしても、一律に他の表現手段と区別して、より緩やかな要件で名誉毀損罪の成立を否定すべきでなく、犯人が当該事実を真実であると誤信したことについて確実な資料や根拠が認められず、相当の理由がないときには、同罪が成立する。
[参考文献]
西土彰一郎「インターネット上の表現について名誉毀損罪の成否」平成22年度重要判例解説23頁。丸山雅夫「インターネット上の個人利用者による名誉毀損と真実性の誤信についての相当 の理由」平成22年度重要判例解説210頁。
岡田好史「インターネット上における名誉毀損について」専修大学法学100号143頁。
永井善之「インターネットと名誉・わいせつ犯罪」刑事法ジャーナル15号10頁。
鈴木秀美・ジュリスト2010年11月15日号22頁。小島慎司・ジャーナリズム2010年7月号48頁。西野吾一「最高裁刑事破棄判決等の実情(中)平成22年度」判時2132号3頁。